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目次8 中国古建築周辺のあれこれ

目次8 中国古建築周辺のあれこれ

  中国古建築と言っても現存する木造建築についての話。中国の建築を見る時、格式と富裕さのランクを意識することがある。例えば、「門」について言えば、一間か三間かとか、門鋲が何個打ってあるとかで、身分が判るし、屋根を見れば、城楼を除けば寄棟は見かけず、普通切妻だが、大棟と正吻(ちなみに鬼瓦は無い)で格が分けられる。  ここでは、門、戸や窓、瓦、ほぞと継ぎ手、反り上がった蘇州式隅棟の営造技法などを紹介する。知れば、中国建築の楽しみが増すのではないだろうか。

 262 中国の門  「碰釘子」~行き詰まり
 263 隔扇門窗1~ 障子のルーツ
 264 隔扇門窗2~ 障子のルーツ
 265 中国の瓦葺きについて
 266 中国古建築のほぞと継ぎ手(1)
 267 中国古建築のほぞと継ぎ手(2)
 268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1
 269 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 2



     ⇒ 総目次
     ⇒ 目次1 日本じゃ無名? の巻
     ⇒ 目次2 中国に有って、... & 日本に有って、...    の巻
     ⇒ 目次3 番外編 その他、行ってみれば         の巻
      ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
      ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと         の巻
      ⇒ 目次6 5-8世紀佛像の衣服
      ⇒ 目次7 中国の古建築技法“以材為祖”



# by songofta | 2019-04-30 17:17 | 古建築 | Trackback(39) | Comments(2)

269 蘇州古建築の瓦葺きでの戧角営造技法 2

( 戧角営造技法 1の続き )


(二)、水戧発戧
 水戧発戧は、嫩戧発戧に比べ比較的簡単である。僅かに攀脊(即ち戧座)前端に、上を覆う花辺瓦が、これを嫩瓦頭と称するが、あるだけである。嫩瓦頭は両側に蝴蝶瓦を約1寸外に伸ばさねばならない。
  水戧発戧の隅木からは嫩戧木を設けず、このため、木部材自体は起ち上がらず、隅棟端部を撥ね上げさせるために、嫩瓦頭の後に、戧座を高さ6-7寸積み、これを俗に「墩子を打つ」と言う。墩子は壷口の形状に作り、呑口と称し、呑口の前端は嫩瓦頭約3寸に縮めねばならない。呑口形式は多種あり、例えば回紋、蟷螂腹等がある。詳細は図12にあり、図例の呑口形式は回紋呑口である。
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実例写真:呑口工法

戧座の上には以下の2種の工法がある:
その一つは、戧座の上に直接二路線を築き、鉄製戧挑を据え、上を蓋筒瓦で覆う。それから二路線を逐次伸ばし、四叙瓦とし、戧挑の端に更に勾頭瓦を据え、その施工工芸と部材は嫩戧発戧と同じである。詳細は図13を見よ。
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実例写真:工法1;戧座の上に滾筒瓦を据えず、直接二路線を置く

その二つは、戧座の上に先に滾筒瓦を据え、更に二路線を積み、その他の工法は第1種の工法と同じで、滾筒瓦が無い工法に因り、嫩戧発戧と同じだが、“水戧発戧”と称する。詳細は図14を見よ。
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実例写真:工法2:戧座の上に先に滾筒瓦を設け、二路線を設ける

三、瓦作戧角の分類

  隅棟の形式は、木構造が異なり、水戧発戧は嫩戧発戧に区分される事を除き、もし隅棟頭部から分ければ、勾頭戧、如意頭戧、洋葉戧等数種の類型に分けられる。図15を見よ。
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実例写真:勾頭戧
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実例写真:如意頭戧
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実例写真:洋葉戧

若し、呑口形式の違いから見ると、回紋呑口と蟷螂腹呑口に分けられる。詳細は図16を見よ
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四、瓦作戧角隅棟の技術要点

1.隅棟の各部材(勾頭瓦、四叙瓦、太監瓦等)の中点は同一垂線上に無ければならず、垂線は隅棟及び隅木の中心線を重ねたものである。工程中、下げ振りで垂直を管理する方法が使える。

2.同じ建築物の各隅棟の高さ、出、弧度、造型等の各技術パラメータの一致を保持し、工程中、先に作っておいた型板や下げ振り、寸法測定の方法を通して管理する。






   総目次
    ⇒ 目次1 第一部 日本じゃ無名?の巻
    ⇒ 目次2 第二部 中国に有って、日本に無いもの の巻
    ⇒ 目次3 番外編 その他、行ってみれば の巻
    ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
    ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ思うこと の巻
    ⇒ 目次6 5-8世紀漢地佛像着衣法式(翻訳)
    ⇒ 目次7 中国の古建築技法”以材為祖”(翻訳)




# by songofta | 2018-08-11 19:24 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1

中国の寺院の印象は、隅棟の大きい反り上がりではないだろうか。
一体全体、あの極端に跳ね上がった軒はどんな構造なのかと感じた人も多いだろう。

日本には無い工法だが、そう古くからのものではないようだ。宋や元のころは、普通の軒端の反りだったものが明清期に大きく改変されたようである。
どんな構造でどのような工法なのか、長年の疑問を解説したものがあったので、参考までに転載翻訳してみる。なお、対応する日本の瓦葺き用語が見当たらないので、用語はそのままとした。
(出典は、360doc個人図書館;「蘇州古建築瓦作戧角営造技法」より転載翻訳。原典は、中国建築工業出版社刊《図解<営造法源>做法》で、実例写真はネットからとある。)

(転載;)
 入母屋造(寄棟造を含む)建築や宝形造建築で、その両側の屋根が交差する所は、屋根の雨漏りを防ぐため、段々と上に起ち上がる小棟を築き、戧脊(隅棟)と称する。隅棟は磚と瓦の積上げから成り、古くは瓦作戧角と言い、蘇州古建築では、瓦作戧角を総称して水戧と言い、水戧は実用と装飾の2つの効用を持つ。

一、瓦作戧角は戧に二種の形式がある

  瓦作戧角の形式は、木構造の隅棟工法に因って異なり、2種の形式に分けられる。
1.木隅棟に老戧木(大隅木)が有っても嫩戧木を用いない者、或は大隅木の上に子隅梁が覆わない者は、棟の形式を“水戧発戧”と言う。
2.木隅木には既に大隅木が有り且つ嫩戧木も有る者は、棟の形式を“嫩戧発戧”と言う。その外観は通常、前者は(屋根勾配が)かなり緩やかで、後者はかなり切り立っている。両者の棟形式の立面は、(図1-1~3)を参照;
268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1_e0309314_18360063.jpg
 更に2枚の実例写真を挙げるが、見れば明らかであろう。
268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1_e0309314_18360586.jpg
実例写真1:水戧発戧形式の隅棟
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実例写真2:嫩戧発戧形式の隅棟

 二、瓦作戧角の工程順序
 現在の入母屋造建築の屋根を例に、両種の工程順序と要領を紹介すると以下の通りである:
(一)、嫩戧発戧
  ネットの友人が嫩戧発戧の隅棟を理解しやすい様に、先ず隅棟部材の名称を具体的に紹介して、順に説明したい。説明の便のため、《営造法源》の中の、二路瓦条と中央の交子縫を総称して“二路線”と呼ぶ。詳細は図2を参照のこと。
268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1_e0309314_18372242.jpg
工程1:鼈(スッポン)殼板、分楞(楞=棱)、劃線の敷設
 隅木の組立てが完成し、屋根の望磚の敷設が終了した後、隅木の中心線に沿って、その両側に対称に鼈殼板を敷く。鼈殼板の効用は、一つに、隅棟部と屋根軒口を連結させることで、両者の間を渡して、水が溜まる現象を起こさせないことである。二つには、屋根面の弧線を流麗にすることである。
 鼈殼板の上は、隅木の中心線に沿って、隅棟の始まる所に向かって灰漿を塗り、上に向けて弧状の尖角形状を形成させ、中心線の両側に、均等に瓦档線を作る。
 入母屋造の水戧に因り、隅棟の始まりと入母屋の堅帯が繫がり、且つ隅棟部の最初の楞瓦は底瓦(滴水瓦を用い、その両側が対称で蝴蝶に似るので、又、蝴蝶瓦とも言われる)となり、隅棟の始まり部が竪帯とつながることから、蓋瓦となり、この原則に基づき、この段の距離を、滴水かわらの幅の半分を差し引いた後、均しく分け、瓦档線を切り分ける基になる。瓦档線を切り分ける所は屋根面の沿口線と垂直にすべきで、その距離は大体、屋根面の楞瓦間の距離と同じにすべきである。瓦档線を基に、瓦口板を作って据える。図3を参照。
268 蘇州古建築の瓦葺きでの隅棟営造技法 1_e0309314_18372740.jpg
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実例写真:鼈殻板を葺き、瓦口板を組む

工程2:瓦档線対老瓦頭を組む

 瓦档線に基づき、棟と隅棟の中心線の両側に沿って“対老瓦頭”を分ける。所謂、対老瓦頭は、棟或は隅棟を積む前に、その両辺に先に一定長さの底瓦の棱と蓋瓦の棱を対に敷設することで、屋根を葺く工程の一つであり、蘇州の工匠はこれを“対老瓦頭”と称している。老瓦頭を敷設する長さは、一般に40~50cmで、棟或は隅棟を積むのに影響しないことが望ましく、且つその上端は、須く棟或は隅棟の中に伸び、その伸びる長さは棟幅の3分の1である。
 ここで葺く老瓦頭は、特に隅棟では、瓦棱線が真直で、蓋瓦が平に押さえ、隣り合う瓦の稜線の勾配は均しく、瓦档の大きさは統一され、水がスムーズに流れ、逆流する事無く、且つ口花辺に沿って滴水と垂直に対しなければならない。
  回頂(黄瓜環脊)工法に基づき、棟の両側の老瓦頭の頂端では、黄瓜環の底瓦と蓋瓦は分けて組む。隅棟両側の老瓦頭溝の中に、木隅木の中心線に沿って、予め数本の鉄線或は旺脊釘を埋め、上部の鉄製の戧挑を固定するのに用いる。
  拐支釘を組む時は、拐支釘は特別な鉄釘で、丁字形を呈し、長さは約10cm、嫩戧尖の所に装着し、老鼠瓦を支える役目をする。老鼠瓦は両側の蝴蝶瓦の上に装着し、拐支釘で支持する。この瓦は5寸の筒瓦で作り、その前端は歯状を呈するので、老鼠瓦と称する。
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 瓦口板に沿って花辺瓦と滴水瓦を分けて装着する。拐支釘両側に滴水瓦を組み、それにより蝴蝶に似た形状に配置されるので蝴蝶瓦と言われる。詳細は図5参照。
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実例写真:瓦档線を基に“対老瓦頭”を組む

工程3:戧座を積む
  隅棟中心線に沿って戧座を積む、戧座の工法は攀脊(大棟の両端が持上った棟)と同じで、先に青磚を積み、高さは上に向かって葺いた隅棟の弧度に従い、両辺の蓋瓦の高さまで積んだ後、上は小青瓦2枚で覆って、紙の苆を混ぜた漆喰漿で戧座表面と両辺の瓦档を塗る。
  戧座端頭に老鼠瓦を装着し、老鼠瓦は両側の蝴蝶瓦の上に設置し、拐支釘で支持する。この瓦は5寸の筒瓦から作り、その前端を歯状を呈し、この名がある。その情報に勾頭瓦を組込む、即ち猫銜瓦という。
  これを“猫銜瓦”は、現在多く同じ様な“御猫瓦”ともいう。しかし実際は妥当ではない。その理由は2つあり;その一つは、《営造法原》の図版四十の中で、この瓦を“猫銜瓦”と呼んでいるからで、その二つは、銜の読みは“xian”だが、呉語方言(蘇州や杭州辺の方言)の読み(hai)は銜が即ち“用口叼住(口で咥える)”の意味で、猫銜瓦が老鼠瓦の上方に有って、正に猫が鼠を口に咥えるが如き形象なので、私は“猫銜瓦”を妥当とするのである。
  戧座の頭部を収める為に、老鼠瓦と猫銜瓦の間の空間に、漆喰で対称な弧形曲面を作る。入母屋造の妻面の蓋瓦の棱上に竪帯脊座を積み、戧座と45°に斜交し、その高さと幅は戧座と均しく作る。脊座の中心線は底瓦の中心線と正対する。詳細は図6を参照。
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実例写真:老鼠瓦と猫銜瓦を組込む

工程4:滾筒瓦を積む
  滾筒瓦を積む時は最初に鉄製戧挑を据えるべきで、その長さは隅棟高さに基づく。戧座は青磚で積み、隅棟から弧形を呈して、積む際にはその弧度と垂直度及びその接続部との関係に基づき、磚表面の高さ毎に厳格に管理し、青磚を積んで滾筒瓦の弧度の高さに至った時、両辺に筒瓦を上に覆う。滾筒瓦と竪帯が斜交する時、その上下の高さは一致しなければならない。
  滾筒瓦端は猫銜瓦の上に据え、前に向かって斜めに挑む勢いを呈し、滾筒瓦端の側面は蟷螂の腹の形に積み、正面は瓢箪に似て、太監瓦と称する。図7を見よ。
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実例写真:青磚が滾筒瓦の弧度の高さに至った時、両辺に筒瓦を上に覆う
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実例写真:滾筒瓦と竪帯が斜交する時、両者の上下高さは一致しなければならない
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実例写真:滾筒瓦端の側面は蟷螂の腹の形に積み、正面は瓢箪に似て、太監瓦と称する
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実例写真:滾筒瓦端の側面は蟷螂の腹の形に積み、正面は瓢箪に似て、太監瓦と称する

工程5:二路線を積む
  滾筒瓦の上方に2本の瓦条を積む、即ち二路線である。瓦条の間は交子縫とし、瓦条は太監瓦の表面から外に向かって伸ばし、四叙瓦と呼び、四叙瓦はその形が、古代に朝廷に上がる時の朝板に似るので、又朝板瓦との称する。四叙瓦を伸ばす長さは、表面を順に増やし、約1寸とする。二路線上に再度第2の鉄製戧挑を据え、この戧挑は主要に強度を高めるもので、四叙瓦の安定と上部の勾頭筒瓦を据える機能を持つ。戧挑の伸ばす長さは戧挑の具体的情況で決めるべきだが、太監瓦の後ろで伸ばす隅棟内の長さは、伸出する長さより大きくして、戧挑の弧形は木隅木の弧形と一致しなければならない。詳細は図8を参照。
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工程6:蓋筒瓦を積み、鉤頭を据える
  隅棟の蓋瓦の積層は、蓋筒瓦は筒瓦で積み、蓋筒瓦は隅棟の中心線に沿ってその真中に積まれ、蓋筒瓦の幅は瓦条外縁から各1寸下げる。隅棟頭から上に向かって四叙瓦端部まで,高さは隅棟の弧度に従い、弧形を一致させる。
  戧挑の頂部に勾頭瓦を設置し、設置する勾頭瓦と四叙瓦の距離は、四叙瓦の長さに2寸(6cm)を加え、勾頭瓦を据える時に、その鉤頭は水平を呈する。戧挑の上部に瓦片を置き、麻糸を絡め、漆喰を塗り、高さと幅をふた筒瓦から戧挑頂部に向かって狭めていき、流れるような弧線で両辺は対称に途中が自然に見える様にする。図9を見よ。
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 実例写真:滾筒瓦の上に二路線、蓋筒瓦を積み、鉤頭を据える

工程7:隅棟に漆喰を塗り、屋根に蓋をする
  隅棟の形を作った後、その表面に漆喰を塗っていき、塗る材料は紙苆を入れたセメントを用い、砂漿(セメント、石灰、粘土を混ぜたもの)でも良いが、砂漿の作業性を良くする為に石灰を多くする。一般的に砂漿の中に適当な黒色顔料を含んだ黒水を混ぜ、隅棟の色が更に長く保持出来る様にする。
 ※注;現代の補修や新造では、時間と手間がかかるのを避け、セメントを多用しているようである。
 塗る順序は、攀脊側面(即ち瓦档)及び上背面、二路線、滾筒瓦、蓋筒瓦の順に、塗りは隅棟の両辺を同時に勧めても良い。先に攀脊側面を平らにし、その後上の三角の直線部はその背面を塗り、弧線は流れる様に出入りは揃う様にする。
 二路線の塗りは、先に瓦条の側面を塗り、それからその上下面を塗り、更に交子縫に砂漿を塗って、その後特製の専用工具~“扯模”で、瓦条と交条縫の造型を拉扯(引いて成型)する。拉扯は必ず隅棟の弧度に従わねばならず、棟の頭部から付け根まで、段を追って成型する。もし高低差や湾曲した所があれば、修正した後もう一度“扯模”で引き直し、引いた線の幅が一致し、角線がはっきりし、弧度がなめらかになって、出入りが要求に届いた所で止める。
  滾筒瓦を塗った後、上下両線の平行を保持し、滾筒瓦弧度の一致を保証する為に、大きさの同じ伝統工具“螺殻匙”を採用して工程を進める。
  同様に、蓋筒瓦表面の塗りも、“螺殻匙”を採用して操作する。塗る時に、蓋筒瓦両辺は同じ幅に、その寸法と瓦条の高さは同じになっている様にしなければならない。塗った後の蓋筒瓦の頂面と瓦条は同じ弧面を保ち、その弧面は円がゆったりと、線は流麗でなければならない。隅棟の塗る伝統工具の詳細は、図10をみよ。
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  その他の部位の部材、例えば老鼠瓦や猫銜瓦、太監瓦、四叙瓦等に対し、伝統洋式に則り、紙苆或は砂漿を用いて搨塑(搨=拓だが、模して成型する意味か)して作る。全部の部材が揃って、自然に感想した後、再度黒水を2度塗る。残った部分の屋根全部を葺いて完成する。詳細は図11を見よ。
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実例写真:隅棟完成後の施工写真

( 隅棟営造技法 2に続く )



   総目次
    ⇒ 目次1 第一部 日本じゃ無名?の巻
    ⇒ 目次2 第二部 中国に有って、日本に無いもの の巻
    ⇒ 目次3 番外編 その他、行ってみれば の巻
    ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
    ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ思うこと の巻
    ⇒ 目次6 5-8世紀漢地佛像着衣法式(翻訳)
    ⇒ 目次7 中国の古建築技法”以材為祖”(翻訳)




# by songofta | 2018-08-11 19:01 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

267 中国古建築のほぞと継ぎ手(2)

前回(1)に続く

四 水平或は傾斜部材が重なる隠れた所に用いる枘とほぞ穴
  古建築大木作の上架構(即ち、柱頭以上)部材は、全て層を作って重なる。これは、層毎に部材間の結合問題の解決が必要なだけでなく、上下の層の部材間の結合問題の解決が必要で、この様にして始めて多層部材が一つの完全な結合体として使うことが出来る。
 水平(或は傾斜)部材が次々と交差するのは2種の情況があり、一つは2層或は2層以上の部材が畳なり合い、もう一つは2層或は2層以上の部材が垂直(交角が90度となる)或は一定角度で半分疊なる。
  2層或は2層以上の部材が次々と交差する時、次の2種の銷合連結(注、銷は留め釘、ダボの類)の方法が採用される。

(一)栽銷 
 栽銷は2層部材が疊なる面に眼を鑿き、木の留め釘(ダボ)を下層の眼に植え込む。組立て時、上層部材の眼を、植えた留め釘を枘として対応して入れるほぞ穴とする。留め釘の大きさと眼と眼の距離は、明確な規定がなく、木部材の大きさと長さを視て臨時に斟酌し、上下両層部材結合の安定を保証するものとする。古建築大木作では、留め釘は頭貫と平枋の間、大隅梁と他の隅梁の間、及び次々に同じ個所に落とし込む梁と随梁の間、角背や隔架雀替と梁架が相次ぐ所などに多く用いられ、古くは檁と墊板(※目隠し板)、枋の間に留め釘を使って檁や板、枋が間違って動くのを防止した。現在は已に採用はかなり少ない。その他に、斗と平枋の間、斗栱各層部材の間にも、皆栽銷の方法を用いて安定させる(図3-11)。
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(二)穿銷
  穿銷は栽銷の方法と類似し、異なるのは、栽銷法の留め釘は部材を貫通しないが、穿銷法は2層ないし多層の部材を貫通する。穿銷法は則ち2層ないし多層の部材を貫通させることである。穿銷は斗栱後尾を各層部材に固定する留め金に常用する。古建築の大門の門口上部の門簪に用いるのも、ある意味比較的典型的な穿銷である。留め釘は、部材を抜けた後、留め釘端部を出し、更に門簪を別に用いるのに必要である(図3-12)。大屋根の大棟に」用いる脊樁は、穿銷と穿銷の二者の特徴を兼ねている。脊筒瓦を安定して保持するために、扶脊木を貫通して、大棟桁に1/3-1/4挿し込む必要がある。見た所では、栽銷の特例の一つと言える。牌楼の高栱柱の下の枘も穿銷の例証の一つであり、それは額枋(※頭貫(龍門枋))を貫通して、添え柱を持ち併せて小額枋内の1/2-1/3に挿し込む。高栱柱は額枋(或は龍門枋)の上にしっかりと立てる。
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五 水平或は傾斜部材が畳交或は半畳交する枘とほぞ穴
  水平或は傾斜した部材を疊ねて安定させるには、留め釘が必要で、部材は一定の角度(90度或はその他の必要な角度)に疊なる或は半分疊なる時、桁碗刻或は圧掌等の枘とほぞ穴で安定させる必要がある。

(一)桁碗
  桁碗(小式は檁碗と言う)は古建築大木作で用いる所が多く、凡そ桁碗と柁梁や脊瓜柱が交差する所は、全て桁碗を使用する。桁碗は即ち桁檁の碗口に置いたもので、柁梁頭部或は脊瓜柱頂部に位置する。碗の開口の大きさは、桁檁の直径で定まり、碗口の深さは檁径の半分を超えず、最も浅いものは檁径の1/3より少なくては行けない。桁檁の面幅方向に移動するのを防ぐために、碗口中央に常に“鼻子”を作り、その方法は梁端部の幅を4等分して、鼻子が中央の2分とし、両辺の碗口は各1分を取る(図3-8参照)。梁端が鼻子で出て、檁の対応する部分を削り取り、檁表面と碗口を噛み合わす。脊瓜柱柱頭の檁碗は鼻子を作らないか小さい鼻子とする。妻面に出る銷の檁と排山梁の交差する時は、梁端或は背瓜柱頭は只、小鼻子を作る必要がある。小鼻子の幅と高さは檁径の1/5より大きいと良くない。桁檁が同じ隅梁に交差する時は亦、檁碗を作る必要があり、時には隅梁の碗口のところに鼻子(閘口)を作る(図3-13)。交差する檁桁と斜梁や、角梁の持送り及び角雲などが交差する時は、梁端は鼻子を付けず搭交桁碗とする(図3-14)。
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(二)趴梁階梯榫
  趴梁や抹角梁と桁檁の半重ね交差及び短趴梁交差の部位に多用し、趴梁と桁檁の半重ね交差の時、一般に階梯榫を作り、階梯榫の工法は、図3-15のようになる。階梯榫は一般に3層から成り、底の1層は檁の半径の1/4で、趴梁榫の袖は檁内に入る部分で、第2層の寸法は第1層と同じであり、第3層は燕尾榫状に作ることが有り、耐引張りの効能がある。真直ぐな榫に作る場合も、榫の長さは檁の中央を超えてはならない。階梯榫の両側は各1/4の覆い隠す部分がある(図3-15)。長短の趴梁が交差する榫の工法は上述とほぼ同じで、覆い隠しがない。抹角梁と檁桁の交差は、交角が45度になり、枘を作る時、抹角梁端は直榫に作り、檁上に45度方向の斜めほぞ穴を作る。枘とほぞ穴の具体的な工法は趴梁階梯と同じである。
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(三)圧掌榫
  その形状は、人字状の屋根架構の上弦端点の双槽工法と似ていて、この種の枘は隅梁と由戧(隅棟)の間の交差節点に多用される(図3-13)。圧掌榫は接触面が十分あり、確実で、隙間がないことが要求される。隅梁と由戧を除いて、垂木の節点の所にも圧掌工法は用いられる。だが、垂木は檁上に釘を採用するので枘とほぞ穴には数えない(図3-14)。

六、板の矧ぎ合わせの数種の枘とほぞ穴
  古建築大木作と部分的に装修する部材を製作する時、常にかなり幅寛い木板が必要で、例えば、博縫板や山花板、掛落板及び榻板、実榻大門等を製作する時である。木板を堅固に並接するために、膠で接着するのを除き、枘とほぞ穴を採用する。

(一)銀錠扣
  銀錠扣、又の名を銀錠榫と言い、両端が大きく、中腰が細い枘で、その形状が銀錠に似るのでこの名がある。それを板の継ぎ目に嵌め込み、膠が長い年月で効力を失って板がバラバラに切れ目が開いてしまうのを防止する。銀錠扣を嵌め込むのは、一種の閂工法で、榻板や博縫板などに用いる(図3-16)。
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(二)穿帯
  穿帯は貼り合わせた板の裏面に燕尾槽を刻み出し、槽の一端は稍々寛く、もう一端をやや狭くする。槽の深さは板厚の約1/3にし、先に燕尾帯(一端は稍々寛く、一端はやや狭く)を作り、槽内に打ち込む。それは、全ての板を固く結びつけ割ける、のを防ぎ、併せて板面の凹凸変形を防止する効用がある(図3-16)。
一枚の板当たり穿帯を3筋或は3筋以上付け、穿帯の頭を対向させて、一方向になってはならず、以って板の継ぎ目を固く詰める。

(三)抄手帯
これは穿帯の別の形式だが、穿帯とは異なる。抄手帯を穿つのは、必ず木板のこば面の中央に透眼(貫通する穴)がある。工程は貼り合わす木板を準備し、貼り合わせて(平継ぎ、小口継ぎ或は企口継ぎを採用しても良い)、抄手帯を穿つ所に弱く墨線を出し、板のこば面に貫通する眼を掘り、再び板を貼り合わせる(眼を基準にする)。膠の接合が乾いたら、先に準備した抄手帯を打ち込む。抄手帯本体は強度がかなり高い木でなくてはならず、楔形に作る。この種の工法は、多く実榻大門に用いる(図3-16)。

(四)裁口
  これは木板のこば面を半分を残したり取ったりして、取去る幅と厚さは近似し、木板の両辺を交互に取り、接合する。この種の工法は山花板に常用する(図3-16)。

(五)龍風榫
  亦の名を企口と言い、木板のこば面の中央に槽を掘り、もう1枚のこれと結合する板の面中央に凸枘を作り、両板を互いに噛み合わす(図3-16)。

 清式の木構造建築の枘とほぞ穴の種類はたいそう多く、上述以外にもいくつか上げることが出来る。
 枘とほぞ穴の応用は、建築物に採用する木架構にとって決定的である。我々は、今日見る枘とほぞ穴は、中国建築工匠が数千年の創造実践の成果であり、彼らの苦心と智恵の結晶である。だが、木材自体の特徴から、枘とほぞ穴の処理については、避けられない弱点が存在する。例えば、結合を受ける剪断面が小さく偏ったり、燕尾榫がかなり短かったり、いくつかの節点が只半榫で引張り締結をする等などは、全て木架構の結合能力に一定の影響を与える。これらの不足する所に対処するために、清代建築物には大量の鉄材を使用して強化し、例えば合わせ柱や梁、枋の外側に鉄の箍を纏わせ、柱頭両側の枋と枋の間や、排山梁架と柱の交差する節点及び檁の接続端を渡して引張る所、隅梁と桁檁の交差に角梁釘を打つ、板の継ぎ目に鉄の鎹を打つ等に、これらの措置をする。鉄部材の使用は、木製の枘とほぞ穴の弱点を克服し、架構の結合能力を増強し、助けるものである。


※原文はこの後、枘の強度についての考察が続くが、省略する。
見た所、これらの枘は、明清以前、唐宋期もほぼ変わらないものと思われる。
最後に、《営造法式》巻30中にもある、合せ柱の図を紹介する。 外から見えるのが明榫で、内に隠れて見えないのが暗榫。北宋期の合い柱で有名なのが寧波市保国寺大殿で、4本を合わせて外側を8個の瓜状にする八觚柱が内転びに並ぶ。
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# by songofta | 2018-07-22 13:20 | 古建築 | Trackback(1) | Comments(0)

266 中国古建築のほぞと継ぎ手(1)

 最近、youtubeに継ぎ手やほぞ加工の様子がアップされ、大変興味深い。中には建築では強度的にどうかと思うものも混じっている。家具などに使うのだろうか。
 枘(ほぞ)は木工の歴史とともに古く、日本でも3~4000年前と言われる能登の真脇遺跡や富山の桜町遺跡で縄紋時代のほぞ加工が出土しているし、中国では7000年前の寧波市の河姆渡遺跡(※注1)から、石器で加工したとは思えないものが出土している。古代の交通は、意外と現代人が考えているほど、閉塞したものでは無いように思われる。これらの技術は、稲作の伝播とともに、通説よりかなり古い時代に日本に到達していたと考えるべきではなかろうか。

遺物野中の枘の例
 寧波市の河姆渡遺跡の博物館や復元展示には、柱と梁や根太の接合に用いた継ぎ手や、井戸枠の井桁がある。河姆渡遺跡は7~5000年前の遺跡と言われ、大量の炭化米と水田跡で有名になったが、枘とほぞ穴の加工品出土物は、石器時代とは思えない技術の高さがある。青銅器以前の木工技術と計測技術から見て、鋼製の道具の下での発展は、言うまでもない。河姆渡遺跡から出土した枘とほぞ穴 また、鋼製の道具により、石材利用にも木材の継ぎ手が応用され、板を繋ぐ時の銀錠扣(蝶形の継ぎ手)は隋代の現役世界最古のアーチ石橋趙州橋や唐宋期安徽省歙县魚梁石堤にも見られる。
(※注1)31.河姆渡遺跡 最古の水稲栽培遺跡参照。
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河姆渡遺跡の枘とほぞ穴
14.隋代趙州橋の銀錠扣
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唐宋期の銀錠(安徽省歙县魚梁石堤)
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「木工房網古建築型」の紹介
 日本古建築での枘とほぞ穴についての解説文献は見当たらず、先に中国の枘とほぞ穴について、「木工房網古建模型」を掻い摘んで訳出して紹介する。主として、清式での説明のようだ。
 以下では、組み手、仕口、矧手、継ぎ手、ほぞ加工など、正式には別々に呼ぶべきなのだろうが、中国語の“縫”、“榫卯”を対応する「継ぎ手」、「枘とほぞ穴」に集約して記述する。(縫は、組み手、仕口、継ぎ手、矧手を含んだ接合すべき端部のことで、木工に限らず瓦等でも言う)。
(転載);
 大型の宮殿式木構造建築は、千や万を超える部材から成り、小式の構造の簡単な古建築でも、数百の木部材が必要で、このような多くの木部材は、垂木や望板(野地板)を除き、その他の部材と全て枘とほぞ穴で一つに結合され、木構造の形式と枘結合の方法は、中国古代建築の主要な構造上の特徴(注2)である。

※(注2):日本の古建築では柱の横安定のため、地覆長押、腰長押、内法長押を釘止めするが、中国では貫を多用し、長押のような構造は取らないようである。唐代頃までは頭貫は上下2本あり、その名残りが宋代の七朱八白で、頭貫に象徴的に描かれる。北方は壁に塼を積み上げ、南方は柱に早くから貫を多様したようで、長押のような柱を抱いて緊縛する手法は中国には見当たらず、江南に昔はあったのか百済からのものか日本独自なのか疑問が残る。
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寧波市保国寺大殿梁の七朱八白(奥の頭貫の白点紋様)

  枘とほぞ穴の機能は、たくさんの独立したバラバラの部材を緊密に結合して、設計要求と使用要求に符号させるもので、各種の載荷重を承ける結合体である。枘とほぞ穴は、我が国の建築と家具などに広範に運用され、且つ悠久の歴史を持つ。出土文物の考証から、春秋戦国時代には、我々の祖先は木構造の枘ほぞ穴の応用では、已に非常に成熟したレベルに達しており、唐宋時期には、枘とほぞ穴の建築中での応用に成熟さと追求が加わり、宋代李誡の《営造法式》中には、枘とほぞ穴技術に一定の記載があり、この時期には、木構造の枘とほぞ穴技術の発展はピークに達した(図3-1 宋式榫卯挙例)。
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 明清建築の枘とほぞ穴は、唐宋時期に較べて、構造上大幅に簡易化され、その固有の機能だけが保たれるだけになった。現存の実物の考察から、明清時期の建築は数百年経ったが、各種の外力と自身の載荷重による破壊は甚だ少なく、百年後の機能は元のままで、木構造の枘とほぞ穴の信頼性が十分あることは明らかである。木構造の枘とほぞ穴の種類は大変多く、形態はそれぞれ異なり、これらの種類と形状の形成は、枘とほぞ穴の機能と直接関係がなく、木構造での位置にもよらず、部材の間の組合せ角度や結合法式、及び木構造の装着順序や方法などに直接関係を持つ。

第一節木枘とほぞ穴の種類とその構造
  枘とほぞ穴の機能に基づき、それを6類に分け、各類の概略を分類する。
一、垂直部材を固定する枘とほぞ穴
古建築の大木の垂直部材は主要に柱である。柱は、落地柱(地面に着く柱)と懸空柱(空間に懸かる柱)の2類がある。落地柱は即ち、柱脚が直接柱頂石の上にある柱のことで、檐柱、金柱、中柱、山柱等はこの類に属する。懸空柱は、柱脚を梁架に降ろすか別の部材に空中で担がれたりぶら下がったりしている柱である。童柱や瓜柱、雷公柱(注3)などである。
 ※(注3):童柱や瓜柱は梁桁を繋ぐ短柱の類で、雷公柱は避雷装置から来ており、亭等の宝形造りなどに立てる短柱。

(一)管脚榫

  その名が示すように、管脚榫は柱脚を固定する枘で、各種の地面に立てる柱脚の根部に用い、童柱と梁架或は大石塊柱礎と交差する所にも管脚榫を用いる。その効能は柱脚のズレを防ぐことである。清代の《工程做法則例》中に、“柱径1尺毎に、上下に榫各長さ3寸を加える”と規定され、管脚榫の長さを柱径の3/10と定めている。実際の施工では、常に柱径の大きさに適当な脚枘の長さ寸法に調整し、一般には柱径の3/10~2/10の間に管理した。管脚榫の載る面は,或は四角或は円形で、枘の端部は適宜細められ(即ち頭部をやや小さくし)、枘の外端は逆向きに出っ張り、組み立てを楽にする(図3-2)。かなり大規模な建築は、柱径が太く、且つ塀や欄干で囲まれて保護され、安定性が良く、製作や組み立てに便利なように、常々管脚榫を作らず、柱根部を平面に仕上げ、柱頂も又海眼を彫らない(図3-2(1))。
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(二)套頂榫
  套頂榫は、管脚榫の特殊な形式の一つで、それは一箇所の長さが、径に対する寸法が管脚榫を遥かに超えて、柱頂石を貫通して直接磉墩(礎石下の基礎)に落とす長い枘で、その長さは一般に柱の露出する部分の1/3~1/5で、枘径は柱径の1/2~4/5と一律ではなく、状況によって決められる(図3-2)。套頂榫は多く、長廊の柱(一般に2-3本離れての1本を套頂榫にする)に用いられ、地勢が高く風のきついかなり大きな建築物にも常用される。その効能は建築物の安定性を固めることにある。だが、套頂榫は地下深くに埋めるので腐食しやすい。

(三)瓜柱柱脚半榫
  梁架と垂直に交わる瓜柱(金柱、脊瓜柱、交金瓜柱等を含む)は、柱脚に又管脚榫を用いる。だがこの種の管脚榫は常に一般の半榫工法を採用する。安定性を強めるため、瓜柱は又常に角背と結合して使用する。この時、瓜柱の根部の枘は必ず双榫に作り、角背と一緒に組み立てる(図3-3)。瓜柱柱脚の半榫の長さは、瓜柱本体の大きさに合わせて調整するが、一般に6-8cmで管理する。

二、水平部材と垂直部材が交差して結合する時の枘とほぞ穴
  古建築の大木建築中、水平部材と垂直部材が交差する結合点は多く、最も良く見るのは柱と梁、柱と桁、妻柱と排山梁架、抱頭梁、枋及び単材の貫入、双歩梁と金柱や中柱の交差部等である。部材の交差する部位と方式は異なるので、枘とほぞ穴の形状もまた大きな違いがある。

(一)饅頭榫
  饅頭榫は柱頭と梁端が垂直に交わる所に使用する枘で、これと対応するのは梁端底面の海眼である。饅頭榫は各種の直接梁と交差する柱頭頂部に用い、その頂端と径寸は管脚榫と同じである。その機能は、柱と梁の垂直結合に用い、水平ズレを防ぐ(図3-2,(2)、(3))。梁底の海眼は饅頭榫の長短径寸の基づいて削り、海眼の四周は8個の棱を削り出し、組み立ての便を図っている(図3-4)。
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(二)燕尾榫
  この種の枘は多くが引張り力の懸かる接続部材に用い、例えば檐枋(軒桁)や頭貫、随梁枋、金枋、脊枋等の水平部材と柱頭が交差する部位である。燕尾榫は又、大頭榫、銀定榫とも言う。その形状は端部は広く根部が狭い。これと対応するほぞ穴は中が大きく外面は小さい。組み上げた後、部材は抜けることがなく、良い構造の枘とほぞ穴の一つである。大木構造の部材中、凡そ引張利の懸かる継ぎ手は、併せて、上に上げたり下に下げたりする方法で組立てる事のできる部位であり、皆、燕尾榫を使用すべきであって、以って大木架構の安定性を増強するのである。
  燕尾榫の長さは、《工程做法則例》の規定では柱径の1/4で、実際の施工でも、大きいもの柱径1/4だが、最長でも柱径の3/10を超えない。且つ、枘の長さ(即ちほぞ穴の深さ)と同一柱頭のほぞ穴の数は直接関係し、もしその柱頭にわずかに二口のほぞ穴しかなければ、開口はやや深く、以って枘の結合能力を増強し;もし三口のほぞ穴ならば、開口はやや浅く、開鑿した部分が柱頭の全体強度を壊さないようにする。
  燕尾榫の根部は狭く、端部は寛く、大頭状を呈し、この種の作り方を“乍“という。乍の大きさは、枘長さ10cm、面ごとの乍は1cm(両面合わせて2cm)で、大き過ぎては良くない。燕尾榫のじょうめんは大きく、下面は小さい。これを“溜”という。乍は枘とほぞ穴に引張り結合をさせるが、溜は下に落とし込んで組立てる時、落とし込めば落とし込む程緊縛し、結節点の安定性を強める。“溜”の収めは大き過ぎてはならず、燕尾榫の上面幅が10cmならば、下面幅は1cm狭めればよい。製作時必ず枘とほぞ穴のきつさ加減をはかり、組立ての便を図って、結合を固くする(図3-4、図3-5)。
  頭貫や檐枋(軒桁)に用いる燕尾榫は、袖肩の有るものと袖肩の無いものの2種の工法がある。袖肩を作るのは、燕尾榫の根部の断面が小さくなって抗剪断力が落ちないようにする措置の一つである。袖肩は枘根部の剪断面を増やすのに適し、枘とほぞ穴の結合能力を増やす。袖肩長さは柱径の1/8、幅は枘大頭と同じとする。(図3-5(1))。

(三)箍頭榫
  箍頭榫は、枋と柱が最端部或は角隅部で結合する時に採用される特殊な枘構造で、“箍頭”の字からも判るように、“箍住柱頭(柱頭に箍(たが)がある)”の意味である。その工法は、枋を柱の中央の位置で外に向けて柱径分出し、枋と柱が交差する部位に枘と套腕を作る。柱表面以外の部分は箍頭を作り、箍頭は常に覇王拳或は三岱頭の形状とする。一般に斗栱を持つ宮殿式の大木作は覇王拳工法を採用し(図3-6)、斗栱の無い園林建築或は重要でないレベルの付属建築は常に三岱頭形式とする(図3-7)。箍頭の高さ(成)と厚さ(幅)は、均しく枋本体寸法の8/10である。箍頭枋の応用は、1面と両面の2種があり、1面の箍頭枋を使用する時は、只柱頭の上の桁行方向に沿って単面のほぞ穴を必要とする(図3-7)。桁行と奥行き方向とも箍頭枋を使用する時は、柱頭に十字に交差するほぞ穴があり、交差する時に山面(妻側)が上にし、檐面(桁行面)を下にする、これを山面圧檐面という(図3-6)。
  箍頭枋の使用は、端の柱或は隅柱に対し、又柱頭を箍嵌めして保護する機能がある。加えて、箍頭本体が更に良い装飾部材となる。そのため、箍頭枋は大木作の枘とほぞ穴の中で、これらの観点から、言うまでもなく枘結合技術の非常に成功した優秀な一例と言える。
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(四)透榫
  透榫は大木作部材に用い、常に大きく入って小さく出る形状となり(図3-8)、又大進小出榫と称する。所謂代位進小出は、枘の貫入部分を指し、高い成の梁か本体の成が高い枋の場合である。そして貫入部分は接続する部分が半分を減ずる。このように作って、美観があり枘の柱を損なう面を減少できる。透榫の貫入部分の正味長さは、清代の《工程做法則例》の規定では、柱の表面から外に向かって半柱出るか、部材自身の高さの1/2とする。枘の幅は一般に柱径の1/4に等しいか稍小さく、或は枋(或は梁)の幅の1/3に等しくする。透榫の貫入部分は、一般に方頭に作り、時には三岱頭或は麻葉頭状にし(図3-5参照)、これは建築物の性質や用途に因って決める。一般の宮殿式建築は多く方頭を用いて、荘厳を示し;遊廊の垂花門及び園林建築は多くが彫飾を加え、華奢さを示す。
  透榫の適用は引張り力を必要とするものだが、上起下落の方法を用いるしか組立てが進まない部位、例えば貫入部が抱頭梁と金柱の交差部等のところにも用いる。
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(五)半榫
  半榫を使う所は透榫と大体同じである。但し、特殊な必要を除き、半榫の使用は、透榫を使うしかない状況の下で、やむを得ずこれを用いる。最も典型的なものは、排山梁架後端と妻柱の交差する所である。古建築の大木作で、妻柱や中柱は常にこの様な部材を使用する。この両種の柱は、均しく建築物奥行き方向の中線にあり、梁を前後の2段に分ける。両方の梁が柱で交わるので、この時、半榫が必要になる。一般の半榫工法と透榫の貫入部分は同じで、枘長さは柱中央に至る。両端を同時に挿入した半榫は、等掌と圧掌に分けられ、枘とほぞ穴の接触面を増やす。方法は柱径を均しく3分し、枘の高さを2分し、一端側の枘の上半部は長さが柱径の1/3を占め、下半部は2/3を占め、別の一端は上半部が2/3で、下半部が1/3を占める(図3-9)。
266 中国古建築のほぞと継ぎ手(1)_e0309314_23090545.jpg
  この他にも、両半榫が頭部を揃える工法があるが、かなり少ない。半榫の結合機能はかなり低く、枘が簡単に抜けて結合が弛む現象が見られる。この問題の解決に、古人は下面に替木或は雀替を置く方法を採った。梁と柱の搭載面の増大は、併せて替木や雀替の上面と梁の当たる面に差込みか鉄釘を付けて、梁が前後に抜けるのを防いだ。
  半榫は上述の梁と柱の交点を除いて、由戧と雷公柱、瓜柱と梁背の交差する所にも常用される。

三 水平部材が互いに交差する部位に常用する枘とほぞ穴
  水平部材の交差は、古建築大木作でよくあり、扶脊木と扶脊木、平板枋と平板枋の間の順接での延長や十字交差等である。
(一)大頭榫
  即ち燕尾榫。工法は枋の燕尾榫と基本同じで、枘頭に“乍”を作り、且つ大体“溜”を作って、組立ての便を図る。大頭榫は上起下落方法で組立て、正味部位の檐、金、脊檁及び扶脊木等を順方向に延長する継ぎ手で、引張り機能が有る所に常用する(図3-3、図3-4)。

(二)十字刻半榫
  十字刻半榫は、主要に方形部材が十字に結合するところに用い、最も多いのは平板枋の十字結合である。方法は、枋本体の幅を以って、交差する所では、各枋の上側は、下面に下面の半分まで十字に嵌め合わす蓋口を削り取る。製作時には亦、山面が檐面を圧える形に、削った外側は枋幅の1/10を包掩(包んで隠す)とするよう注意すべきである(図3-10)。
266 中国古建築のほぞと継ぎ手(1)_e0309314_23090910.jpg

(三)十字卡腰榫

  俗に馬蜂腰(※スズメバチの腰)と言い、主要に円形か、線条を持つ部材(注、几帳面の類)の十字交差に用いる。古建築の大木作部材の卡腰は、主要に桁檁の架け渡しである。方法は、桁檁を幅広さの4等分面に沿い、低い面2等分に沿って、必要な角度に両辺の各1分を削り取り、山面が檐面を圧える原則に従って、上面と下面の半分を削り取って、交差させる(図3-10)。
  卡腰と半分の削りを製作する時は、両方の部材の交差角度は建築の要求によって定まり、もし90度に曲がる矩形或は方形の建築ならば、90度見交差させ;もし6角或は八角等の建築に用いる枘ならば、必要な角度の斜め十字にする。多角形建築で、檁や枋に山面と檐面が存在しない場合、同一部材でのほぞ穴の方向は一致させるべきで、つまり1本の部材両端は皆同じ受け口の枘を作り、隣の1本の両端は皆同じ蓋口の枘を作る、例えば、六角亭の6本の檁或は枋は3本が受け口の枘で、3本が蓋口の枘とし、継ぎ手の組立てを楽にし、同一部材上に受け口と蓋口を作らない。

(次回に続く)


   総目次
    ⇒ 目次1 第一部 日本じゃ無名?の巻
    ⇒ 目次2 第二部 中国に有って、日本に無いもの の巻
    ⇒ 目次3 番外編 その他、行ってみれば の巻
    ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
    ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ思うこと の巻
    ⇒ 目次6 5-8世紀漢地佛像着衣法式(翻訳)
    ⇒ 目次7 中国の古建築技法”以材為祖”(翻訳)


# by songofta | 2018-07-22 13:03 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

265 中国の瓦葺きについて

日本と中国の古建築はチョット見は同じだが、設計思想は大分異なるのでないかという素朴な疑問。

 中国の瓦屋根は、日本と大きく異なる。
一つ目は、下地が厳重で、瓦が無くても良いのではと思うくらい漆喰で何層にも固める(江南は超簡単らしいが.....)、
二つ目は大棟が高く厚い。これらの総重量は、日本の古建築の2~3倍ではなかろうか。従って、屋根下の梁構造も厳重で、太い梁と桁で井桁に組み、日本の小屋組みとはコンセプトが大きく異なるようだ。
三つ目は、陰陽瓦とか合瓦といった板瓦(平瓦)だけの葺き方が民家では一般的で、日本には伝わらなかったことも謎である。
中国古建築の瓦葺きについては、別項を参照されたい。
     (※143~172 中国古建築 瓦葺きの技術①~㉚)
 中国の古建築文献は、唐宋の用語と明清の用語が異なり、筆者がどちらを念頭に置いているかで少なからず混乱させられる。また、辞書にも“百度一下”でも出てこない用語も多く、日本の用語と微妙にズレがあり、日本に無いものも多い。
 例えば、昂≒尾垂木とすると、上昂は“尾”垂木ではなく、“頭”垂木とでも言うべきだし、假昂は、仮尾垂木ではなく、尾垂木騙しの意味で肘木の変形になる等。勿論、上昂も假昂も、日本には無いので、用語も無い。
 そこで、ここでは、瓦葺きについて、文献や新浪博客を読む人の参考のため、掻い摘んだ解説を試みてみる。

1.瓦
瓦は、筒瓦(=丸瓦)と板瓦に分けられる。考察する建築では筒瓦で瓦畝に蓋をするが、一般の建築では全て板瓦を用いる。軒先の筒瓦端は瓦当と言い、板瓦端を滴水と呼ぶ。棟の装飾瓦の品種は多く、大棟の両端の瓦は、宋代には鴟尾、龍尾と称し、清代は正吻と称した。降り棟下端の瓦を宋代には獣頭と称し、清代は垂獣と称したが、それは規格上、比較的格の低い宮殿の大棟にも用いた。棟端の小瓦獣は宋代に蹲獣と言い、清代は走獣と言った。正吻、垂獣、走獣は、宮殿や壇廟、王府、寺廟等の建築だけに限って用いられた。瓦の規格は大層多い。宋代には筒瓦6種、板瓦3種、鴟尾6種、獣頭8種、蹲獣4種が有った。清代の琉璃瓦と瓦装飾は組合せが統一され、10級に分けられ、実際には第二から第九級だけが用いられ、二様から九様と称された;灰陶瓦は4種有った。建築物の等級と大小に基づいて異なる規格の瓦を選んで用いた。

2.瓦屋根
 中国の面積は広大で、南北の気候は珠のように連なる。長江一帯の建築は、湿度が高いことから瓦屋根は接着素材を用いず、屋根は通気性を有し、木材の腐朽を防ぐ;屋根は防寒の層が無く、底瓦は直接二つの垂木(扁平の垂木)の間に葺き、凹面を上に向け、蓋瓦は両側の底瓦の継ぎ目の上を覆い、凹面を下に向け、形は北方の陰陽瓦屋根に似ており、そのため蝴蝶瓦屋根と称する。北方の屋根は多くが垂木の上に席箔(簾の類)或は荆笆(茨や竹を割いて編んだもの)或は木の望板(野地板の類)、望塼(塼の野地板の類)などを葺いて、更にムシロを敷き漆喰泥を塗る。
官式屋根の施工は11工程が有り;
①望板の上に護板麻刀灰を塗る 
②麻刀灰下地を塗る
③錫背(鉛板を敷いてハンダで接ぐもの)或は油紙の防水層を敷く
④青灰下地を塗る
⑤号壟(中心線を求め、瓦畝の位置を確定させる)
⑥底瓦と滴水を葺く(底瓦の凹面を上にし、逐次後退させ、平均して重なり7分、露出3分にする)
⑦揸縫(即ち嵌縫で、両側の底瓦の継ぎ目に石灰泥を隙間なく詰め込んで平らにする)
⑧蓋瓦と瓦当を葺く(底瓦の継ぎ目に、石灰泥を置きつつ瓦を葺く)
⑨夾壟捉節(筒瓦の両側と底瓦の隙間に、麻刀灰を詰めて隙間をなくし、端部を節のように繋ぐこと)をして、釘帽を打つ
⑩棟を調え吻獣を据える
⑪扣脊瓦と合壟を葺く(青瓦は先に棟を調えた後、瓦を葺く)
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3.棟
 屋根の両斜面の接続部分は、たいていは棟が跨り被さって蓋となって、雨漏れを防ぐ。前後の両斜面の接合部にある棟を正脊(大棟)と言い、正脊の両端から下に降って軒先に至るか、或は斜めに降りて角の隅棟に至るのは垂脊(降り棟)と言い、重檐屋根の下檐屋根から45°に斜めに降りる角の隅棟を岔脊と呼ぶ。 硬山屋根や懸山屋根(切妻造で屋根が妻壁から出ないものと出るもの)は、只前後の屋根斜面だけ有り、大式建築は、屋根が両妻と垂直な縁の畝に一列の瓦を葺き、下面の愽縫板(破風板)に向かって蓋をし、宋式ではこれを華廃と言い、清式では排山勾滴と言う。入母屋屋根の両端の工法はこれと同じで、垂脊は畝と排山勾滴の間の継ぎ目の所にあり、正脊と垂脊が交差する所に正吻がある。(図参照)

 等級のかなり低い屋根は垂脊を用いず、屋根の両妻側は只筒瓦と披水塼を用いて辺を圧える。正脊部は或は清水脊にし(1層目は混塼、2層目は瓦条と扣脊瓦で、両端に鼻、盤と蠍子尾を撥ね上げる)、或はもっと簡単な皮条脊(只2層の瓦条と扣脊瓦だけで、両端は瓦当で終わる)を作る。
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清水脊の例

 正脊を用いない屋根は、羅鍋瓦と折腰瓦を用いて、円弧形の溝畝を作り、陰陽瓦屋根の鞍子脊と筒瓦屋根の元宝脊のように、過壟脊に属する。過壟脊屋根の両端部は、前の軒先から後の軒先に向かう垂脊を作り、箍頭脊を言う。愽縫板の上の排山勾滴のように、垂脊が排山勾滴と辺の畝の継ぎ目を圧え、俗称で鈴鐺排山と言う。
宋、元以前の屋根棟は、当溝瓦の上に線道瓦を敷き、併せて条子瓦を用いて棟を築き、後には混塼の上に脊胎を積み、通脊に頭板塼と扣脊瓦を貼って積むように改良した(清の中葉には、更に焼成した中空の脊筒瓦に改める)。琉璃瓦屋根の各部位は、予め決められた組合せの部材が用いられ、二様から九様の厳格な寸法が有り、組み上げる時に欠いたり削って調整しなくてよい。設計時は棟の類型規格を選定し、筒瓦の上端は当溝を貼り、線道瓦(押帯条或は群色条)を積み、上に通脊或は、垂脊や戧脊を載せる。上に扣脊瓦を葺く。大式建築の軒の角背瓦の上には、仙人、走獣、套獣(隅木の先端に被せる四角い瓦)等は皆厳格な規定がある。
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# by songofta | 2018-06-29 22:04 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

264 隔扇門窗2~ 障子のルーツ

格心の櫺子(れんじ)紋様 (続き)

(1~15は、隔扇門窗1~ 障子のルーツ 参照)

16,十字様式の櫺子
 “十”字格心図案は、大地の緯度と経度の線を象徴しており、大地が広いことの寓意である。十字の横一線は東西を代表し、縦一線は南北を代表し、両者が加わって東西南北の四方位を代表する。十字形の桟形状は人々の生活に不可欠な方位を表示する符号である。現在保存されている明清建築の門窗格心の図案には、十字如意、十字海棠、十字花、四方間十字等があり、これらの十字紋様は皆一種の装飾図案で、転換連接を始める役割で、一種の文字図案である。
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17,菱形様式の櫺子
 菱形は単体で菱格子の幾何図案を作り、又全体の菱形錦図を作る。菱は、《中文形音義総合大字典》によると菱角の水竹の名で、超越の意がある。菱の実の菱角は、食用になり、大自然が与える豊かな果実の象徴符号である。菱形紋は又原始先民が魚を捕らえる網の形状で、網は富の象徴である。菱形は中国伝統の吉祥図案の中で文人八宝の一つである。
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18,風車様式の櫺子
 “風車紋”の格心は、風車輪形状を象徴する図案であり、天地の間を流動する空気の象徴符号である。風車は風力を受けて動力に転換し、人々の生産の用に供し、人々の財富を得る具体的物体の象徴で、天の贈り物の力と財富の源泉に終わりが無い事を象徴している。
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19,直櫺様式の櫺子
 直櫺形格心は、曲がらず傾かず垂直線の形状で窗に立つのが、人に一種の古朴な感覚を与える。建築する主人の品性が正直なことを寓意し、又衆人環視で室外を注視し、どんな隠し事も見つけ出されることの象徴でもあり、このように主人は何者にも騙されず、損失にも遭遇せず、安全を得ることが出来るのである。
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20,套環様式の櫺子
 2つの円を重ねで出来る、一種の装飾図案で、又連接の役割もある。同心同徳、事物円満再円満の意を含み、高貴華麗な玉環と玉の私心のなさを象徴する。
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21,菱格様式の櫺子
 又斜方格紋、網紋とも言い、2本の斜めの桟からできる菱格形図案である、寓意は財富を獲得するである。
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22,八角様式の櫺子
 不等辺八角様式の櫺子はかなり大きな採光面積を得る事ができ、等辺八角形様式の櫺子は格心に規則的な八角錦の効果を得ることが出来る。八字は多くの吉祥喜慶の含意と寓意があり、併せて多くの神秘的な大自然の現象の象徴で、美しい実用的な装飾効果がある。
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23,四方紋様式の櫺子
 “四方形”の格心櫺子図案は、中華先民の伝統観念、天円地方の地、即ち大地を象徴し、一切の生命の依拠する所となる。多くの場合、門窗では他の櫺子と連接する役割があり、正統の意味を含む。
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24,亀背錦様式の櫺子
 “亀背錦”図案の格心櫺子は、江河や湖海で生きる亀の甲羅の象形図案で、宇宙の神の象徴符号である。中国古代伝説では、亀と龍、鳳、麟を合わせて“四霊”と言う。龍は変化を良くし、鳳は乱を治め、亀は吉兆を兆し、麟は仁に厚い。亀紋の格心図案は、図案が規則正しい美しさだけではなく、健康長寿、無災平安の意味を含み、北方鎮守の玄武神の保護を得られるのである。
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25,海棠様式の櫺子
 “海棠”図案の門窗格心は、色彩が鮮やかで美しいことの象徴符号である。この櫺子は全体の主要な紋様することが出来、補助図案にも出来る。海棠は古人に花中の神仙、国艶の誉有りと称され、海棠様式の櫺子図案は、幽姿淑態(安閑として高雅)、独特の風采、美中の美を含意し、又秋に果実の収穫が累々の象徴でもあり、“玉棠富貴”の寓意を持つ四種花の一部でもある。
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26,如意様式の櫺子
 如意は中国伝統の吉祥物で、如願以償(願いが叶って満足する)の意を含み、破邪の神物である。如意の形状は霊芝のようであり、又首尾両端を雲状に作り、心字状でもある。如意は多くの場合、万字と組合わせたり、十字と組合わせて、建築する主人の、万事如意、延年益寿を寓意する。
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27,套方様式の櫺子
 これは、四つの直角に、一つの四方形を合わせて作られた、大小の四方形の重なった図案である。それと方勝様式の違いは、套方が四方形に四方形、方勝が菱形に菱形とする所である。套方錦様式は櫺子図案に四方形、十字、八角等の図案が含まれ、吉祥の寓意を持つ。
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28,臥蚕様式の櫺子
 “臥蚕“図案の門窗格心は、宇宙の神霊が人類に与えた五彩服飾の象徴符号で、蚕が臥して寝る象形であり、装飾図案であり、同時に他の櫺子と連接する役割がある。昔の匠師は蚕の臥して寝る形状の図案を門窗の格心の櫺子に用いて、一つは櫺子の層を多くして透かし彫りの効果を高め、二つには建築する主人の財源不断と豊衣足食を象徴させた。
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29,灯籠錦様式の櫺子
 これは各様式の灯籠を象徴した図案である。建築する主人の人生や事業が前途に光明があり、必要な事業が必ず成功することの寓意である。同時に、この場所が灯に明るく照らされ、一切の邪悪な勢力を近づけず、安全が保証されている意味を含む。
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30,歩歩錦様式の櫺子
 これは規則的な幾何紋様で、主要に縦の直桟と横桟で構成される。縦の直桟と横桟は独立して走り、各自の端部は相手の中央部に届き辺部は丁字形状で、縦桟と横桟は外が長く内が短く互いを引き入れ一歩ずつ変化する図案である。事業が毎々成功し、官になれば段々昇進する結構な吉祥を含む象徴で、同時に四方窗櫺子の寓意も含む。
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31,方勝様式の櫺子
 方勝は吉祥の幾何符号で、二つの菱形が角を重ねて形成される図案である。方勝は方形の彩勝である。勝は古人が婦女の優美な首飾りに対する呼称である。方勝の寓意は、方は方直、方正のことであり、勝は一切の素晴らしい事物、吉祥を持つ物の意味で、従って、方勝も無窮無尽の美しさと吉祥の意味である。それ以外に、方勝は菱形の角を重ねることから又同心方勝とも言い、心と心が連なる事を表し、男女の間の堅固な愛情を象徴し、又同心は協力の象徴でもあり、一切の事情がうまく運び、事業が成功でき、繁栄昌盛することを象徴する。明清以来、建築の門窗の格心の各種図案に常に方勝を配し、以って建築する主人の感情が堅貞専一、事業では同僚と協力して心を合わせ、美しい幸福な家庭を得て、事業が心の赴くままに進み、成功する事の寓意を持つ。
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32,円鏡様式の櫺子
 円形の鏡は、中国の古文化では天を代表し、円は又太陽と満月を代表する。常に十字紋や灯籠紋等の図案と組合す。古人は多くこの種の格心櫺子を客間の門窗に用い、以って客人が泊まる時の安全感、又成功と招財進宝を生むことを表明し、客人の心理に大きな安慰を与えた。寺廟建築に採用するこの種の格心の場合、神の住居で無数の避邪の宝鏡があり、妖魔鬼怪は根本的に入られず、清浄の地で有ることを表した。
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33,万字紋様式の櫺子
 “卍”字の櫺子図案は、旋転する形態で、中国とインドの古くからの符号の一つである。それは天空を循環する気流の螺旋を描くのに似て、また、流水に常に出現する渦にも似る。古人はこの種の螺旋運動は生命の動力と考えた。因って卍紋は無頭無尾で、中華伝統文化の太極ずけいの無始無終と同じであり、且つ道教の太極図も螺旋状で、一種の無始無終の形状で生命が永久に休まないことの象徴のように、無限に循環する宇宙を寓意する。卍字紋の四端が伸びて、連続反復する図案は、その意味が万事吉祥、万寿無疆である。“万字錦”図案は“万字流水”と言い、長脚の卍は富貴不断を寓意する。
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34,その他の良く見る様式の櫺子
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# by songofta | 2018-06-12 22:00 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

263 隔扇門窗1~ 障子のルーツ

 隔扇門窗は、今では内側にガラスが入っていて、凝った窓枠のガラス窓といった印象だが、元来は内側に紙を貼ったもので、まさに障子(明かり障子)の直接のルーツと言える。隔扇門窗は唐代に始まり、宋代に大量に普及し、清代に至って精緻を極めた。文様は規則的なものだけではなく、冰裂紋のような不規則な物もある。
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 障子は引違い戸だが、障子の桟は縦横直角で簡単な構造なので作り方が想像できるが、隔扇門窗は相当複雑な図案が多く、どう作るのか見当もつかない。又、その指物細工もさる事ながら、釘止め(?)でバラバラにならないのには感心する。
 隔扇門窗は、北京の胡同だけでなく、中国各地の民居にもたくさん残っており、その精緻な細工を楽しめるが、あまり注意されないで通り過ぎてしまうきらいがあり、惜しいことだ。又、あまりに図案が多くて、違いが判りにくいこともある。しかしながら、紋様には、寓意が込められており、寓意を理解して眺めると更に興味が尽きないのではないだろうか。

隔扇門窗の構造と各部名称
 隔扇門窗は、框を作る辺梃と横に渡す抹頭(宋代呼称は別だが、明清期はその数で、五抹頭・六抹頭の呼びがある)、文様を作る主要装飾部の格心、腰板の裙板(宋代呼称は障水板、彫刻がある物も多い)、目隠しの條頭板(條の原字は、糸偏に条。宋代呼称は腰華板)からなる。格心の中央に別の彫刻をはめ込む物も多いようだ。
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格心の櫺子(れんじ)紋様

  紋様の意味する所を知ると、更に興味が湧いてくる。紋様について、「中国古代窗櫺花様分解」(百福屋)に各種の紋様の解説が有ったので、これを基に掻い摘んで訳す。原文が、あちこちに転載されているが、落丁、誤字もありの世界。

【難訳の語】
門窗;門が出入口の扉、窗は窓のこと。構造は同じで、長さが異なる。門窗のままとした。
欞花;櫺子(れんじ、又は、連子)と訳した。日本で連子格子といえば、太い角材を斜めにびっしり嵌め込んだイメージだが、中国の欞花は、細長い木材で、障子でいえば桟。
点綴;装飾と訳した。小さなものを点在させることで背後の大きなものを飾りつけることを言うとある。
;鮮やかで華麗な色彩のものの意だが、適当な言葉がないので、錦のままとした。

(以下、拙訳)
 古今(建屋)内外の門窗は、建築の重要な構成部分で、それらは絶対的な機能性だけではなく、高い芸術的価値を備えている。門窗を統一的に塩梅することは、建築造型や風格、建築の人情味、謹厳性、建築の活力及び建築の感染力等の多方面に効果を及ぼす主要な因子である。

1,回紋様式の櫺子

回紋の図案は安全に帰る意味があり、「福寿吉祥が深く遠くずっと続く」ようにと言う寓意である。回紋は陶器や青銅器の雲雷紋が発展したもので、その特徴は縦横の線が方形或は円形の回環状の紋様で、“回”字のような形をとる。極限の美しさの意味を含み、無限の吉祥を寓意し、図案の層数は豊富で、線条が長く交わらない。この種の門窗の格心図案は、人を前向きにし、一つ所の留まらないことの啓示で、事業を鼓励し、挫折や失敗を怖れず、ただ勇奮し続けさえすれば成功する意味を含む。同時に部屋の主人の事業が不断に前進し、福と寿が深く遠くずっと続くことを寓意する。
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2,工字様式の櫺子

格心櫺子の装飾図案の櫺子で、櫺子の中で連接する効用があり、それと他の櫺子図案を一緒に使って一つの多様な図案を作り上げる。工字様式の格心櫺子は、象形文字の効果を除いても、まだ精巧で、美しく、規矩等の美しい寓意と象徴の意味を含む。それ以外にも、古人は工字の横平縦直に、人の正統的伝統の規矩によっての行いと、正直な品行を象徴させているようだ。
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3,井字様式の櫺子
 “井”字の図案は、天空にある古人に二十八星宿の南方第一宿、井宿の星座と称された形状である。人々が井字形図案を格心の櫺子に選ぶのは、建築と井宿を対応させる一種の表れで、それは天空の星宿の意味を含むことは、吉祥の象徴だからである。
 井字形の格心図案は、装飾図案と整然とした幾何学的図案からなり、同時に一種の象形的文字図案と井筒の図案である。正に井字形図案の図画のような効果により、豊富さを含意し、防火を象徴し、以って人々に建築での門窗の装飾図案に選ばせたのである。
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4,雲紋様式の櫺子
 雲が高々と空中を漂う、人々は雲紋も官位に着き交換に昇る事を寓意するとみなし、空中の雲はその数が限りなく、数多いことを象徴するので、正に雲紋は吉祥が高く昇ることを寓意し、雲は文人の八宝の一つとされる。それを除いても、雲紋図案は、廻り環って、変化に富み、一種見た目に美しい図案で、装飾物に美しさと豊かな躍動感を加え、極めて素晴らしい芸術効果をもたらす。
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5,六角形様式の櫺子
 六角形図案の櫺子は2種の形状があり、一つは等辺六角形図案形式で、全六角紋様図を形成する。もう一つは不等辺六角形図案で、形状は亀の甲羅の亀紋に似ているので、亀背錦と称される。正六辺形図案は時に格心上の装飾図案とその他の図案と互いに組み合わせて一つの多彩な格心櫺子を作る。六角形図案は、吉祥の象徴と財産発展の寓意を持ち、六角形の“六”と銭財を代表する“禄”は音が通じ、この象徴はこの種の格心を建築した主人が、豊衣足食・家財万貫となる装飾である。
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7,亜字様式の櫺子
 亜字図案と古人の祭祀は関係がある。殷代貴族の墓形はまさに亜字で、北京故宮の太和殿台基も亜形を作る。これで知られるのは、古代では亜の形は極めて崇高な建築形象ということである。格心図案の亜字は、極めて尊貴な図案で、住んでいる主人も同様に尊貴な地位にあることの寓意である。この図案は遠い昔の太陽崇拝に由来するので、つまり極めて後期な象徴と言えるのである。
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8,花結び様式の櫺子
 “花結び”図案の格心櫺子は、地上や水面に一年の四季を通して万紫千紅、五彩入り乱れ、花々が咲き競うことを象徴する符号で、格心の櫺子で装飾した櫺子図案であり、通常格心の刺繍を装飾し、櫺子を連接する機能があり、往々にして他の櫺子様式と一緒に、一つの多様な格心櫺子図案を作る。櫺子は一種の抽象的な無数の花びら形状が連接して帯状になり花結びと称される。花結び図案は嫋やかで美しく、吉祥を象徴するのである
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9,一碼三箭様式の櫺子

 この様式の図案は、3本の横桟で一組となり、合わせて3組が直線の縦桟と上中下3個所で交差し、一つの幾何図案を作り、櫺子の縦桟と横桟は均しく細長く、長い箭に似るので、その図案の箭が箙に挿さる形象として、一碼三箭と称する。
 中国の道教徒は “道は一を生み、一は二を生み、二は三を生み、三は万物を生みだす”と言い、即ち一は天を代表し、二は地を代表し、三は人を代表して、天地人この三種があってこそ万事万物が造られる。この様式の格心は無窮無尽の長い箭が窗にあり、一は即邪悪の侵入を避け;二は即ち取っても尽きない天の力を持つ武器が此処にあり、威風は誰も侵せない象徴を明示し;三は即ち箭が多くの獲物を捕獲し、財富を保証する。
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10,盤長様式の櫺子
 この様式は1本の線が反復して各3度交差した後、周辺に6個の斜め格子があり、中心に4個の斜め格子と、合計10個の斜め格子を持つ特徴がある。この線は起点が判らず終点も判らないので、盤長と称する。それは往々にして他の櫺子と一つの多様な図案を作る。盤長図案は仏教の8種の吉祥物の一つで、又その無窮無尽の巻いた線で長寿を象徴し、同時に幸運な盤と考えられている。故に盤長様式の図案は、門前で仏家の宝物で邪を避け、主人の寿命の盤長と同様の長さを象徴している。
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11,三交六椀様式の櫺
 三交六椀の“菱花”様式図案は、正統な国家政権の象徴で、天地の意味を含み、四方を寓意しており、天地が交わって万物が生まれる寓意の符号である。三交六椀菱花図案の格心はよく帝王の宮殿の門窗或は神権を代表する寺廟の門窗に選定される。この種の図案は直縦線の桟と斜めの桟が交差して無数の等辺三角形を作り、各三角形の中に6瓣の菱花があり、三角形の交差する所は1弁の6瓣菱花状二なり、三角形の中央は円形となる。且つ直縦線と斜め線の交差は大角60°、小角30°の形状で、全体の図案は菱花が実となり、円孔が虚の一種の菱花錦となる。それは人々に幾何学的で、規則的な象形図案の感覚を与える。幾何図案は静的な表現として、象形図案は動的な意味を持たらす。帝王の宮殿建築の格心装飾での三交六椀菱花図案の桟は、帝王の面前は天地の相交、万物の生長、活力、国・民の安泰、明るい未来を象徴している。寺廟建築の門窗を装飾する三交六椀菱花図案は、神々が天地の大事を掌握している寓意で、天地相交、地上の一切の生長を与え、人類が生存出来ることは、古人が神々の祝福を祈り、天候が良く五穀が豊作で、家畜の繁栄を願ったことである。
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12,双交四椀様式の櫺子
 紫禁城の殿宇門楼の中で、三交六椀の格心は最高級であり、次は双交四椀菱花で、下に下がると斜方格、正方格、長条形等の格心部分となり、木桟を組み合わせた紋様が主要な装飾手段で、紋様の複雑さは建築の等級で決まる。紫禁城内の主要宮殿の隔扇門窗はその格心部分は皆、菱花で構成される。これは、2本或は3本の木桟が交わり、交わった所に花瓣を加えて放射状の菱花図案とする。2本の桟が交わるのが双交四椀菱花、3本が交わるのが三交六椀菱花である。
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13,冰裂様式の櫺子
 冰裂紋は堅氷が溶ける時に出現する亀裂を象徴し、寒い冬が過ぎ、大地に春が戻り、万物が復活を開始した時に眼前に出現する景色は活力の来臨となる。全ての不如意や不愉快な事情は過ぎ去り、美しい希望の叶う季節がやってくる。冰裂紋の形状は決まった規則が無く、千変万化の自然の亀裂紋様で、規則的な図案と鮮明な対照であり、自然との調和の美しさの符号である。
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14,梅花様式の櫺子
 “梅花”図案の格心櫺子は、冬が去って春が来る季節転換の象形図案で、宇宙で最も香しいことの象徴符号で、万物が咲かない中一人咲き誇り、清高な君子の品がある。梅花様式の格心櫺子は規則正しい5瓣の梅花図紋様で、象形図案様式で、桟は全体の主体図案を作り、補助図案も作れる。梅花図案は美しく魅力的で、春の到来と天下が活力に満ちた様を内に備え、君子の徳を象徴し、苦が尽きて甘美となる寓意を持つ。梅は千年生きて、毎年開花し、長寿を象徴し、常の若さを象徴する。
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15,網格様式の櫺子

 又、方格紋と言い、民間の俗称では豆腐格と言う。網格紋は5000年前に出現し、早期の陶器から発展して建築の門窗扉に至るのは、その強い生命力を表している。網は、原始の先民族が食品を捕り、一歩進んで財物が主要に依拠するものとなり、招財進宝の意味の寓意でもある。網は魚を捕る道具で、“魚”は又“余”と同音で、網も余剰の寓意がある。網格門の各正方形の孔洞は又処々正直の意を代表する。これにより、網格紋が建築の門窗の格心の桟に出現すると、建築する主人の招財進宝の願い、財富に余剰があり、なおかつ主人が富有でも正直であることを表している。
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 次回 264 隔扇門窗2に続く


      総目次 
       ⇒ 目次1 日本じゃ無名? の巻
       ⇒ 目次2  中国に有って日本に無いもの の巻
       ⇒ 目次3 番外編 その他、行ってみれば の巻
       ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
       ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと の巻
       ⇒ 目次6 5-8世紀漢地佛像着衣法式(翻訳)
       ⇒ 目次7 中国の古建築技法”以材為祖“(翻訳)





# by songofta | 2018-06-12 17:59 | 古建築 | Trackback | Comments(0)

262 中国の門 碰釘子~行き詰まり

 「碰釘子」という諺がある。字義は釘にぶつかるという意味だが、比喩として“行き詰まる事”を意味する。釘は板の間の小釘ではない。門扉に打たれた金色の乳金物類のことである。一説では、かつて中国の衙門や官僚の邸宅の大門は門釘が打たれ、平民は常にこの場所に束縛され、門から進むことができず、事が処理できず、所謂門前払いを喰うことから”行き詰まる”の比喩となったと言う。門鋲を打つのは大邸宅に限られるが、皇家建築では、扉毎に横九路、縦九路の合計9✕9=81個の門釘を打つ。九は八卦で最大の陽数で皇帝の象徴であるからである。日本では、八脚門や四脚門、薬医門、唐門、山門、三門等等、解説もあり写真も豊富だが、中国古建築の門は、解説も見当たらず、寺院の山門や天王門以外は、注意を引かず、特に垂花門などは通り過ぎるだけでは惜しい限りである。

 中国古建築の門は身分や用途により、大小様々だが、中華書局1912の「图说中国古建筑中的“门”-知识」に判り易い解説があったので紹介する。

(以下、拙訳)
 編者が按ずるに、中国古建築は、中華民族の優秀な文化の中でも、燦然として輝くものである。建築文化を理解することは、趣のある活動である。なぜなら中国の古人が建築造形と空間の変化に注目したことがこの現象の中に、我らの先人の智恵として体現されているのである。

大門
 ”大門”は建築物の主要な入り口で、院壁に開けた門洞或は大型建築の門楼の下に置かれる。大門は堅固な材を取り、重厚な量を用いて、一般に全て板門で隔扇門ではなく、門板は板が詰まっており透かすことも無く、十分な遮蔽と防御の機能を備えている。門板は、木材を用いることも出来るし、鉄等の材料を用いることも出来、木材を鉄で包んだり、銅で包んだり、金箔を貼ることもある。
 大門の門扉を固定するために、門扉と門柱の間にはまた門框を加える必要があり、このようなことから門扉の幅は自然と大門門柱の間の幅より小さくなる。門框を増やすことは又同時に多くの門部材を増やす事になり、これにより大門の構造は見た所非常に簡単だが、実際上は多くの細部の装飾と凝った造りを伴う。
 大門の門扉は、長手を見ると、実榻門と棋盤門両種は後方が異なり、具体的に見ると大門門外には多くが門鏺(ノッカー)があり、門内には挿栓がある。重要な大門の門板は多く漆が塗られ、とりわけ重要なものは朱漆で最高の等級を明示した。この他に、官僚の住宅と皇家宮殿建築の門板に、多くの門釘が装飾され、門釘は一般に5路から11路とされ、門釘の多さは厳格に建築等級の区分から来ている。
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板門
板門は板で門扉としたもので、それは透かしの無い実門であり、隔扇門と相対する言い方である。板門は多くが木質である。棋盤門は木質板門の一種である。
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実榻大門
実榻大門は板門の一種で、中柱の間に収めた板門で、宮殿や王府などの高級建築群の入り口に常用する。宋代の板門は専ら“実榻大門”を指す。実榻大門の具体的形式は、その門心板と長辺縁が同じ厚さで、このため門板全体が非常に堅固で、厚く実で詰まっている。
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基盤門
“基盤門”も板門之一種で、それと実榻大門の工法は少し異なる所がある。基盤門は先に縁の框部を作り、それから門板を装着し、その上下の抹頭の間に数枚の帯(木条の類の連結材)を嵌め込み横向きに門扉を連結し、方格状にするので、門扉が基盤のように見える所からこれを称して“基盤門”と言う。 基盤門で重視されるのは“鏡面板門”である。それは一般の基盤門の工法に採用されるのを除き、特に門が外の面を平らで繋ぎ目がなく、どんな線の跡も見えず、鏡面のように平滑で光沢があることを要し、それで“鏡面板門”と称される。
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屋宇式大門
 屋宇式大門は、大門の中の主要な形式で、単独の建屋の建築形態に見られ、門であり屋根でもある。それは最も常々見られる大門形式の一つで、上は皇帝の宮室から、下は普通一般の住宅まで、皆かなり広範に応用されている。それは2種の異なる形式があり、一つは完全独立の単体建築式“門屋”で、もう一つは倒座建築(※1)と出入口を結合した“門塾”である。
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 ※1:四合院で主屋に向き合う建物。通常、南にあって北を向く。下図の一番手前のもの。
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広亮大門
  広亮大門は、北京四合院大門の基本形式で、各種四合院大門の中で等級が一番高い一種である。その通路は門扉内と外にその各半分がある。広亮大門は貴族であって初めて使える大門である。清朝では、七品以上の官員の住宅で初めて広亮大門を用いることができた。広亮大門の奥行きはほぼ隣り合った建物より大きく、下面は台基状とし又隣屋の地面より多角する。これにより、本体の高さを増やさずとも、隣屋より高くなる。
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金柱大門
 金柱大門は、北京四合院大門の一種で、等級はほぼ広亮大門より低い。金柱大門の門扉は中柱と外檐柱の間で外金柱の位置にある。これにより、門扉外側の通路は浅く、門扉内側の通路は深い。この他、金柱大門の屋根の棟は平草棟で、大棟両端は草花盆と跳ね上がった鼻の装飾を彫刻する。金柱大門門前の階段は広亮大門の階段が両側に垂帯(葺石)があるのとは似ずに、前・左右に均しく階段とし、登れるようになっている。
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蛮子門
 蛮子門も北京四合院大門の一種で、等級は金柱大門より低い。門扉は外側の軒下に装置し、勢いは広亮大門と金柱大門に及ばず、ただ内側の空間は大きく、物品を置いておくことができ、かなり実用的である。蛮子門前の階段は礓碴形式(※2)で、車馬の通行に便利である。
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  ※2:礓碴形式は、踏段が高さ1cm幅5-6cm程で重ね、鋸状に造った斜道形式の階段で、車馬が通行できる
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如意門
 如意門は蛮子門に比べて更に1級低く、北京四合院中で最もよく見る大門形式である。如意門の正面は門扉を除くと磚壁で覆われる。早期の如意門は多くが広亮大門の改装で、平民が帰属宅を買って、規制を超えないよう改建したものである。如意門は一種特有の装飾があり、磚頭倣石欄板と呼び、軒下に位置し、面上に美しい彫刻図案があり、これも如意門の重要な装飾部位で豊富な特色のある所である。
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垂花門
 垂花門は、まさに垂柱の装飾を持つ門である。一般の大門は、檐柱のように柱体は皆、上は門檐を承け、下は門前の台基か地面に達し、実際に重量を承ける効能がある。しかし、垂花門の門前檐柱は地面に届かず、ただの短い短い一節が、門檐下の両側に引っ掛り、ぶら下がっているだけである。この垂れ下がった柱頭部は花瓣状か瓜状に作り、このため“垂花”と呼ばれる。垂花門は懸垂する門柱が美しく精美なだけではなく、柱の間の頭貫も透かしの花装飾を彫るか、精緻な彩画を描き、美しい五色装飾を採用される。北京の四合院では多くが垂花門を建てる。
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烏頭門
 中国古建築中、門の種類は多く、多種類の門の中で、両側に柱を立て横に1本桁を渡した構成の門で、柱頭を黒く染めたものは、烏頭門と呼ばれる。烏頭門の名称は現存する史籍中にも見ることが出来る。《唐六典》中に“五品以上は烏頭門を作ってよい”。宋史では“六品以上の宅舎は、烏頭門を作るを許す”の記載があり、烏頭門は已に一定の等級の大門として体現しているのを見ることが出来る。《冊府元亀》中に烏頭門の形状に関しての描述があり、“二柱が相去ること1丈、柱端は瓦棰(※3)を配し、墨染し、烏頭と言う。”宋代の官方編著の建築制度専門書の《営造法式》中に、烏頭門名称の記載がある。
※3;原文は、瓦桷とあるが形状不明。
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券門(アーチ門)
 券門は“拱券門”とも言う。拱券は一般に皆、磚や石を積んで築き、券門とは磚や石で半円形か弧形の門洞のことを指す。
拱券は即ち一般に拱圏を指し、叙述の都合で全体一組の拱を“拱圏”と呼び、単独の1個の圏を“券”と呼ぶこともある。拱圏は拱券或は拱形建築の主要な荷重を承ける部分で、多くは円弧形で、大きな半円があり小さな半円もあり、更には尖拱券形式もある。  拱券門の形状は、本体が非常に優美で、多くが拱券の門洞の辺縁、即ち券面等に常に彫刻図案で装飾し、拱券門を実用の中に更に芸術性と鑑賞性を添えたものにしている。
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洛陽 白馬寺のアーチ門

隔扇門
 隔扇門は、隔扇を門扉にした門の形式である。それは大体宋代に出現し、宋代以後の古建築にかなりよく見られる。隔扇門は一般に先に木の角材で框枠を作り、その長さと幅の比は約4対1か3対1で、框枠の中は隔扇で、隔心・裙板・を分け、絛環板等の数部分に分け、一般の隔扇と何も異ならない。隔心には一面に各種花紋或は図案を彫飾することができ、冬の寒冷な気候の時は裏に紙を糊付けし、紗を嵌めたり雲母片等をつけ、寒風と冷気を遮断する。隔扇門は、4扇、六扇、8扇等の別があり、これは主要に建築の開口幅の大きさに基づく。ある時は建築内外の空間が通しになり、一個の大きな室内外を通じた空間を形成し、更には隔扇を部分的或は全部を外すことも出来る。(隔扇については、次回、詳述する
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 建築の大小様々な門洞にあって、門扉を承け、往々にして門の下の横木の両端に墩台(石塊)を設け、墩台の上に小孔を掘って門軸を置く(所謂、軸摺り)。門扉を承ける門軸の墩台は、“門枕”を作る。門枕は石質もあり、木質もあるが、石質が多く、石質の門枕は又“門枕石”と呼ばれる。門枕石は一般に内外の両部分に分かれる、即ち、一部分は門扉内にあり、一部分は門扉の外にあって、門扉の外の部分は、往々にして、彫刻で飾り、北京四合院大門の如きは抱鼓石とする。
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門鏺
 建築建屋内外の空間の通行と遮断は門扉の開合によっており、門扉の開閉は引手の助けを借りて実現する。同時に引手は門を叩く効能も備えており、これは引手の実用的効能で、引手の不断の発展につれて、その実用性に注目するだけでなく、同時にその芸術性と審美的効能にも段々と注意が向けられた。このため、引手の美観を向上させるため、引手と門板の接続する所に底座を加え、“門鏺”と称した。この種の門鏺は実用性の他、強い装飾の意味を帯びている。
 門鏺はその形状類が民間楽器の“鏺”からその名が来ている。門鏺は金属で作られ、平面は円形か六角形で、中央部の突起は逆さまにつけた椀状の円紐で、紐に円環か金属片が下がり、円紐の周囲部分は“圏子”と称する。上面は透かしの花紋を彫り、吉祥符号或は如意紋とし、これらは門鏺の装飾効果を増加させるためのものである。
 門鏺中、最も特色のある形式は鋪首で、これを門鏺中の極上品と称す人もあり、一種の邪を祓う意味を持つ伝統的な門装飾である。
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鋪首
 鋪首は門鏺の一種で、多くは獣面銅質である。獣形は怒目を見開き、牙を出し、口内に大環を銜える。出土した漢代の画像磚によれば、漢代に已にこの種の門装飾があり、漢代の文学作品中にも鋪首を描くものがある。司馬相如の《長門賦》に書かれた;“玉を詰めた戸の金の鋪を揺らす、音色は鐘の音のようだ。”
 鋪首の獣面は龍に似て龍ではなく、獅子に似て獅子ではなく、伝説の龍の生んだ九子の一匹椒図で、性質は閉じるを好む。明代の楊慎は《芸林伐山》の中で、“椒圖は姿はタニシに似て閉じることを好むので、門上に立つ”と説いた。更にもうひとつの説は、鋪首の原型はタニシで、《風俗通義》にはこの件の興味ある物語を記載して、“公の輸送をしているとき、水上に蠡(巻き貝か?)が現れたので、「汝の殻箱を開けよ、汝の形を見よう。」と言うと、蠡は頭を出して足で図を描き、蠡はその蓋を閉じてついに開けられなかった。そこで門戸を作る時、このように稠密に閉じて蔵したいと欲した”とある。此処において、その形象を大門に描き、堅固と安全の象徴としたのである。
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門釘
 門釘は元々、門板に打ち込んだ実用のための釘に被せた釘帽で、釘の構造上の効用から、外に露出する釘帽をきのこ形に打った。後に段々と門の一種の美観の装飾品に変わっていった。門釘が古代には“浮漚釘”とも言った。浮漚とは水面の気泡を指し、門板上の門釘があたかも水上の気泡のようであることから借用したものである。門釘は、早期には路数と数の規定は無く、清代に明確に規定が定まり、宮門だけが最多数量の門釘が出来、九行九列とした。親王府・郡王府・廟宇等、級別に従って下がっていき、逐次門釘は減少する。平民の家は門釘装飾を使用出来ない。装飾に作る事を除いて、門釘は人々の眼には吉祥のものであった。《長安客話》《燕京風俗》等の書に、門釘を撫ぜて病気を去らせる風俗が記載されている。
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中華書局出版《古建築日読》













# by songofta | 2018-06-08 10:45 | 古建築 | Trackback(7) | Comments(0)

目次7 中国の古建築技法”以材為祖”

目次7 中国の古建築技法”以材為祖”

傳熹年 「日本飛鳥奈良時期建築中反映出的中国南北朝隋唐建築特点」
     220 飛鳥建築と”以材為祖” 1
     221 飛鳥建築と”以材為祖” 2
     222 飛鳥建築と”以材為祖” 3
     223 飛鳥建築と”以材為祖” 4
中国古代建築史 第三巻 (抜粋)
  第十章 建築著作と匠師
   第二節 《営造法式》所載の各主要工種制度
     224 用材の制度1 “材、分” 
     225 用材の制度2 “材、分”
     226 用材の制度3 ”材分”制の淵源  
     227 斗栱 1 斗、栱、昂     
     228 斗栱 2 下昂、上昂   
     229 斗栱3 組合せと変化
     230 斗栱4 鋪作の分布と分槽
     231 大木架構 殿堂式と庁堂式
     232 梁、額部材  
     233 屋根、柱の制 
     234 石作 
     235 瓦作と磚作  

中国古代建築史 第二巻 (抜粋)

  第二章 両晋南北朝建築

   第7節 仏教建築

     236 南北朝の仏教建築 1 仏寺形態の発展と変遷1
     237 南北朝の仏教建築 1 仏寺形態の発展と変遷2

     238 南北朝の仏教建築 3 仏塔の形式(1)

     239 南北朝の仏教建築 4 仏塔の形式(2)

     240 南北朝の仏教建築 5 洛陽永寧寺塔と登封嵩岳寺塔

     241 南北朝の建築技術 1 北朝の建築(1)

     242 南北朝の建築技術 2 北朝の建築(2)

     243 南北朝の建築技術 3 南朝の建築

  第三章 隋唐五代建築

   第7節 宗教建築

     244 1.仏教建築

     245 2.仏寺の総体配置(1)

     246 2.仏寺の総体配置(2)

     247 3.仏寺建築実例(1) 南禅寺と仏光寺

     248 3.仏寺建築実例(2) 天台庵、鎮国寺、華林寺     

     249 4.仏塔と墓塔(1) 仏塔1

     250 4.仏塔と墓塔(2) 仏塔2

     251 4.仏塔と墓塔(3) 墓塔

   第12節 建築技術

     252 隋唐の建築技術 木構造

     253 隋唐の建築技術 (1)柱と柱網 

     254 隋唐の建築技術 (2)斗栱と鋪作層、(3)梁架

     255 隋唐の建築技術 唐代の材分モジュール 

     256 隋唐の建築技術 土木混合構成と磚石構成(1)

     257 隋唐の建築技術 磚石構成(2)

   第13節 工程管理機構と工官、工匠
   第14節 隋唐建築の対外影響
     260 隋唐建築の対外影響 
     261 建築実物      
                第2巻 終




     以下、続く





     ⇒ 総目次 
     ⇒ 目次1 日本じゃ無名? の巻
     ⇒ 目次2 中国に有って、... & 日本に有って、... の巻

     ⇒ 目次3 番外編 その他、言ってみれば      の巻
     ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
     ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと     の巻

     ⇒ 目次6 5-8世紀佛像の衣服


# by songofta | 2017-10-26 20:32 | 古建築 | Trackback(12) | Comments(0)