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「地球の歩き方」では数行、団体旅行には無い、一人旅のガイド


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カテゴリ:日本に無い物( 9 )

66.瓦の大きさ・形状 中国に有って日本に無いもの8

日本の寺と中国の寺の印象が異なる一つが瓦屋根です。

瓦の種類:
瓦の種類は、使う場所によって沢山あります。棟瓦や鬼瓦、役瓦などなど、用途によって、それに適合する瓦が作られるのは当然で、違って当たり前と言えます。
また、瓦当(軒丸瓦の先端の紋様の刻まれた所)は、古くから年代推定に使われてきました。屋根本体に葺く瓦も、桟瓦、本瓦の違いがあります。ここでは、屋根本体に葺く伝統瓦としての本瓦葺きに限って考えます。

(1).瓦の葺き方
 蛇足ですが、桟瓦は、江戸時代の発明だそうで、古くは本瓦葺きしか有りません。本瓦葺きは、平瓦という少し湾曲した四角形の瓦と、平瓦の間に被せる半円筒形の丸瓦でできています。丸瓦がテーパになって組み合わせるのは、行基葺きと言って、最初に伝来した葺きかたで、奈良元興寺極楽坊に行くと見ることができます。
  
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                            (wikipediaより)
 ですが、中国の寺院では、もう1種類の葺きかたがあります。小青瓦(陰陽瓦)と言って、平瓦を丸瓦の代わりに使う葺きかたです。凹凸が繰り返されるリズム感を感じる葺き方ですが、日本では見ません。

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丸瓦が大きくて凸凹しているのは、行基葺きと似ていますが、平瓦は僅かに見えるだけです。   
  保国寺:ほぼ、この葺き方をしています。
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 民家にもあります。(寧波市 天一閣付近)
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(2).瓦の大きさ
 東大寺の平瓦は、42X34cmということだが、日本では屋根の大きさに瓦の大きさを合わせるようだ。中国で見る瓦は、総じて小さい。大きな屋根でも瓦が小さいので、密に詰まって見えます。

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これは、上海龍華寺で見たもので、25cmくらいのものですが、あちこちで見るのもほぼこれ位の大きさです。
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奉国寺のような大殿でも、瓦が小さい印象があります。
丸瓦も大屋根が、大きくなる訳でもないようなので、屋根の印象がビッシリ瓦が詰んで葺かれているように感じます。
  上海西林寺の丸瓦
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     ⇒ 総目次 
     ⇒ 目次1 日本じゃ無名? の巻
     ⇒ 目次2 中国に有って、... & 日本に有って、... の巻

     ⇒ 目次3 番外編 その他、言ってみれば      の巻
     ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
     ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと     の巻



by songofta | 2015-04-22 15:24 | 日本に無い物 | Trackback(29) | Comments(0)

65.圧倒的な絵画装飾 中国に有って日本に無いもの7

日本で最も華麗に装飾した古建築と言えば,,,,,,陽明門!! ですが、中国ならどこでしょうか? 正直言って判りません。北京故宮が候補になるのは間違いないですが、寺廟も負けてはいません。
   北京故宮
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   天壇も美しい
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 建物に無地があってはならない、”耳無し芳一”になるとでも言っているようだ。斗栱の隅から隅までというのは、中国的なのでは。

いつごろから、こんなに派手になったのでしょう。日本が遣唐使を派遣していた頃は、どうだったのでしょうか。唐代に倣ったという遼代・北宋代(後世の補修の為と言う恐れはあるが)、さほどでもないようです。
 遼代の独楽寺
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 遼代の奉国寺
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 遼代の華厳寺
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 北宋代の保国寺(変色して黒ずんでいるが、痕跡は残る)
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 北宋代の太原晋祠聖母殿
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 北宋代でも隆興寺摩尼殿は、えらくさっぱりしている(後世の修復での消失かも知れない?)
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      《圧倒的な絵画装飾の続きへ》
by songofta | 2015-04-20 10:33 | 日本に無い物 | Trackback(29) | Comments(0)

63.棟飾りと大きな大棟 中国に有って日本に無いもの6 

屋根飾りは、中国ならずとも、日本でも様々ですが、日本で見かけない型式も有り、種類も数も沢山あります。伝説や信仰の背景が違うからでしょうか。

鴟尾:大棟の両端に鴟尾がいるのは、日本も同じですが、鯱のように口を開けた魚様のものが多いようで、大棟に噛み付いたものが多い。呼称も鴟尾よりも、大棟以外も含めて吻獣と言われるようです。
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宝頂:大棟の中央にある飾りです。比較的格式の高い建物にあります。奈良の再建された大極殿に飾られましたが、永らく日本では造らなかったのでしょうね。
白馬寺の大棟にあった宝頂で双龍戲珠と言う縁起ものに思えますが、珠か太陽か花か判りませんね。
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大棟:中国の大棟は、丈が高くて凝ったものが多い。また、ゆるいカーブを持たせて胸の両端が上がったものも多い。日本の大棟は、直線であっさりしたままだ。

    北宋の隆興寺摩尼殿は、少し中凹み
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同じ頃、遼代の奉国寺大雄殿
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 北宋代 寧波 保国寺大雄殿
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大棟以外もしっかり装飾しています。中国では、こうした凝った棟を良く見かけます。
  寧波の天童寺(1936年再建)棟に手間をかける伝統は脈々と受け継がれている。初層の屋根の付け根部にも棟を構えているが、これも中国では良く見かける圍
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おそらく、上海松江区西林寺も最近の再建のようですが、かなり棟には、こだわりを感じます。
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      《棟飾りと大きな大棟 のつづきへ》
by songofta | 2015-04-19 14:49 | 日本に無い物 | Trackback(29) | Comments(0)

64.藻井 中国に有って日本に無いもの7

日本のお寺で、仏像の上には、よく天蓋がかかっていますよね。法隆寺金堂の釈迦三尊造や阿弥陀如来、教王護国寺不動明王などの天蓋が有名です。勿論、これ等は、中国から伝わったものです。古くはインドに発して、敦煌にも残るそうですが、余り気付きませんでした。中国で良くみるのは、藻井です龍門石窟万仏洞の有名な蓮花は天蓋だったのでしょう。

藻井とは、百度百科によれば、「藻井は、漢族の宮殿や寺廟の室内天井の良く見られる独特の装飾である。通常上方に井戸状に隆起し、方形・多辺形・円形の凹面で周囲に各種の藻井紋様・彫刻・彩色を施す。多く、宮殿・寺廟の宝座・須弥壇上方の最重要部分にある。」
 現存するものでは、独楽寺観音閣(遼代984年)のものが最も早い時期のものとも言いますから、遣唐使廃止直前のころでしょうか。
独楽寺観音閣の八角藻井
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江南では寧波保国寺大殿(北宋代1011年)は円形
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起源はそう古くは有りませんが、以後、明代に発展して規模構造ともに華麗になっていき、清代に頂点に達し、龍井と改称されたとあります。伝統的な観念としては、神聖の象徴として、宮廷建築にも取り込まれ玉座・寺廟中の宝座仏壇上方の最重要な座所に置かれるということです。
 日本の高御座の上には、無かったと思いますが、寺院でも厨子が主流で、こういった建築構造物は知りません。

北京故宮には、おそらく清代の華やかな藻井が沢山あります
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これは、百度貼図より
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現代のものでは、上海松江区西林寺
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藻井は、日本に伝わっても不思議ではないのですが、何故か見かけません。どなたかご存知でしたら教えてください。無いとすれば、なぜだったのでしょうか。

※追記 最近読んだ日本の古建築本で、藻井を”格天井”のことと説明する本にいくつか出会いました。ご覧のように藻井とは、八角や六角にせり上げた凹部分のことで、格天井ではありません。中国語で天井は、”天花板”と言います。また、宋代ならば平棊”が格天井になります。清代は井口天花のようです。ちなみに、中国語の”天井”は、四面を建物で囲まれた露天の中庭のことを言います。ちょうど、見上げると天に開いた井戸のように雨が落ちてくるので井戸と表現するようです。誰かの本を鵜呑みにして孫引きするようでは、悲しいですね。



     ⇒ 総目次 
     ⇒ 目次1 日本じゃ無名? の巻
     ⇒ 目次2 中国に有って、... & 日本に有って、... の巻

     ⇒ 目次3 番外編 その他、言ってみれば      の巻
     ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
     ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと     の巻



by songofta | 2015-04-19 14:46 | 日本に無い物 | Trackback | Comments(0)

62.軒端の反り上がり  中国にあって日本に無いもの5

中国の寺院というと、どんなイメージを持ってますか?

 私は、最初、隅軒が高く反り上がった屋根のイメージでした。日本では黄檗山万福寺を思い出されるでしょう。万福寺は明朝末の様式ですが、少し反り上がっています。
     (黄檗山のHPより)
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中国の寺は、こんな感じです。大分、印象が異なります。反り上がりが大きい。
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一体この隅部はどうなっているのでしょうか。
杭州の六和塔の園内で、小さな碑亭を作っている時の写真がこれです。
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大工さんが一人で屋根を作っている所です。囲いの中に入って見せてもらいました、
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隅尾垂木のうえに三角の構造物を加えて骨組みにしています。
飛燕垂木。扇垂木の配置が判ります。
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大きな屋根もこのようなやり方で、隅をはね上げているのでしょう。載せる瓦もたいへんでしょうね。
上海で一番有名な古寺といえば、龍華寺です。中国に行って初めて行ったのもここでしたが、当時、修築中の建物をたまたま取った中にも一枚ありました。
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やはり同じように、隅尾垂木に三角を載せています。

この特徴的な隅の処理も、遼代や北宋代には、あまり目立ちません。
  天津独楽寺山門(遼代984年)
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元代になると、大分反り上がってきます。
上海真如寺の大雄宝殿(元代 1320年)
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清代になると、相当強く反り上がり、現代に続く中国好みと言えます。

この隅の反り上がりは、一番最後に伝わった黄檗山でも余り強くありません。日本では少し異和感があったのかも知れませんね。





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by songofta | 2015-04-18 16:02 | 日本に無い物 | Trackback(241) | Comments(0)

61.屋根形状  中国に有って日本に無いもの4

屋根形式は、寄棟造・入母屋造・切妻造など、弥生時代からの発掘や銅鐸などから、日本での存在が確認できる。

(1).中国の屋根形式
中国古建築は、廡殿、歇山、?尖、懸山、硬山の五種の屋根形式がある。
 廡殿頂=寄棟造
 歇山頂=入母屋造(山花=妻側の三角部と屋根の出により懸山・硬山形がある)
 ?尖頂=宝形造(三角〜円形まで)
 懸山頂=切妻造で妻側の壁より屋根がせり出しているもの
 硬山頂=切妻造で妻側の壁と屋根の出が同じもの
それぞれ、日本で言えば上のようになる。他にも上と組み合わせた形式もある
 ?頂=屋根の頂部が平面になった特殊な屋根。古代宮殿建築にあるらしい
 巻棚頂=両斜面が大棟で滑らかに繋がった屋根。切妻や入母屋と組み合わされる
 =棟のこと、正脊は大棟、垂脊は下り棟
 =屋根の傾斜面。寄棟ならば五脊四坡、入母屋ならば九脊四坡となる
これくらいの語彙が判ると、説明板の意味が通じる。辞書を引いてもたいてい出てこなかった。
 形式は概ね同じで、いくつか入って来なかったものがある。

(2).格式の違い
  それぞれ,単層と重層の別をいれた格式が有って、次の順になる。
重層廡殿>重層歇山>重層?尖>単層廡殿>単層歇山>単層?尖>懸山>硬山>?頂
重層寄棟造は、最高級ランクで故宮太和殿や曲阜大成殿などがそうである。

  日本では、古来、格式の高い順に
入母屋造>切妻造>寄棟造(東屋)
となるそうだ。法隆寺金堂などは重層入母屋だが、奈良の寺は寄棟で、神社は切妻、京都は入母屋が多い印象がある。時代により、格式が変わったのかも知れないが、ここでは認識の相違がある。硬山頂は、日本の古建築では見たことが無い。
 
 中国は、小屋組みの複雑なものが高級という訳でもなく判り難いが、日本ではどう捉えるべきだろうか?伝統と複雑さのミックス??
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巻棚頂も、日本では見かけない大棟の処理だ。

屋根形式は、いくつか採用されなかった形式もあるが、古来、見慣れた形式に拘った気配があるのではないか。格式のことは良くわからない。





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by songofta | 2015-04-18 06:30 | 日本に無い物 | Trackback | Comments(0)

60.塔身の浮彫  中国に有って日本に無いもの3

 中国の多層塔も江南は楼閣式塔ばかりだが、河北・東北・内蒙古一帯には、遼塔と言われる八角十三層密檐式塔が沢山ある(朝陽付近には方形もある)。
 遼塔形式は明清代まで続くが、特徴として、高い初層塔身に大型の浮彫が多いことである。浮彫は、仏像だけでなく、門や窓もあるが、やはり仏像が秀逸である。

 北魏の仏像ならば雲岡石窟・龍門石窟、唐代ならば龍門石窟・山西五台山佛光寺塑像、遼代金代ならば遼寧省奉国寺塑像山西華厳寺塑像など、数々あるが、浮彫で特にお薦めは、遼寧省遼陽白塔遼寧省朝陽北塔北京天寧寺塔である。その他は目次を参照されたし。
遼陽白塔
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      朝陽北塔

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      天寧寺塔

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密檐塔自体、談山神社の十三重塔以外(石塔を除く)見かけないが、こういった大型の浮彫も日本では見かけない。磨崖仏のような平面的なものはあるが、、、
 遼金代は、江南主体の北宋・南宋が貿易の主で河北の事情があまり入って来なかったのかも知れない。
 レンガの塔は、木塔と違って腐って倒壊することはない。木部の屋根や床などは消失しても、塔身は煙突状に残る。勿論、風化や砂塵によって削られて行くが、古写真では基部が大きく損傷しているものが多い。浮彫の損傷が大きく、修復不能のものもあるのが残念だ。風食によるよりも、家を建てるのに、レンガを抜いて持ち去ったようだ。

余談だが、損傷が基部の一部に偏るものが、特に辺地の塔に良くある。
     吉林省長春郊外農安塔
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     上海郊外天馬山護珠塔
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長く不思議だったが、これは、付近の住民がレンガを持ち去って再利用したためのようだ。外しやすい基部から順に外して持ち去るので、このようになってしまったらしい。
 レンガ造ならではの現象ではないか。(笑)




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by songofta | 2015-04-17 14:53 | 日本に無い物 | Trackback | Comments(0)

59 レンガ壁 中国に有って日本に無いもの2

これは、大きな謎ではないか?

中国の寺院建築では、初層の壁がレンガ(磚)によるものを数多く見る。古くは唐代の建築と言われる山西省の四寺(南禅寺大殿・広仁王廟正殿・仏光寺大殿・天台庵仏殿)もそうで有るし、次の遼代の華厳寺独楽寺応県木塔奉国寺もそうである。これも、日本では見たことのない構造だ。日本ではみな土壁か板壁であろう。
中国では、下図のような長押を使わないレンガ固定の柱が多い(正定隆興寺摩尼殿)。
e0309314_16595035.jpg
従って、長押類のような柱を連結する構造材は無く、頭貫を通して終わりである。
中国で現存する最古の木造建築南禅寺大殿(782年)も同様である。
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武宗の会昌の廃仏後、再建された佛光寺(857年)でも、柱はレンガの中である。
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図では、正面扉の5間と後側面の各1間を除いて、壁に埋もれているのが、見て取れる。勿論、数度の補修を受けているので、後世の改造も考えられるが、可能性は低いようだ。また、図からは須弥壇前方の4柱が間引かれているのが分かる(減柱法)。
佛光寺大殿の外観
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どうやら、日本人は、徹底してレンガを嫌ったようだ。これは、かなり奇妙なことに思える。中国で普通に見かける城壁も、日本には築かれることはなかった。瓦も磚も版築も塑像も乾漆もあるのに。結局、レンガは、明治になるまで日本には上陸しなかった。

確かに、当初は、掘建柱の場合、内法長押程度で充分強度があったかもしれないが、礎石構造に進化した時、レンガで柱を緊縛せず、地長押・腰長押を打って安定をはかったのは、縄文時代以来の木造経験から来ているのではないか。つまり、我々の祖先は、かなり頑固な一面を持っていたように思える。

 これは、大きな謎ではないか??



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by songofta | 2015-04-17 07:44 | 日本に無い物 | Trackback | Comments(0)

58 レンガの塔 中国に有って日本に無いもの1

中国で塔と言えば、レンガの塔(磚塔)で数百座は有るらしい。それに反して、木造の塔は、今4座しか見当たらない(応県木塔正定天寧寺塔甘粛省張掖市木塔寺塔江蘇省興化木塔寺塔)。
  (注)天寧寺塔は4層以上が木造。張掖市塔は、1926年再建、高さ33m。興化の塔は未だ見ず、詳細不明、高さ7m。

 日本では、寡聞にしてレンガの塔を建てたという話も、崩れたという話も、発掘したという話も聞いたことが無い。唐代には、沢山のレンガ塔が建っていて、留学生が見たことが無かった筈はないのにである。唐代の塔と言えば、誰もが知る長安のシンボル大雁塔・小雁塔が有名だ。ただ、木塔はいくつもあったらしい。韓国では、2座(報恩法住寺捌相殿・雙峰寺大雄殿)が残るらしいが、石塔の方が有名で、レンガ塔は見当たらない。
報恩法住寺捌相殿
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雙峰寺大雄殿
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いずれも、日本の塔とは印象が異なるし、設計思想がことなるようだ。

瓦や壁・床の磚は大量に取り込んでいるのに、磚塔は作らなかったのは、何故か?

多層塔や大殿の概念が、中国や百済から伝わったことは事実だが、作り方まで直輸入だったという根拠が、良く理解出来ないのである。
 つまり、部品と外観は、利用するが、建造方法は、もともと日本に固有の方法が存在してそれに拘わったのではないか?という疑いである。
 また、レンガを積む熟練工がおらず、腕の良い大工は沢山いて木組みは手馴れていた、木材も大材が豊富にあったので、新技術を習得する気にならなかったのかも知れない。しかし、施主が舶来品に心を動かさなかったとは思えないし、棟梁より知識がなかったとは更に考えにくい。

 こう考えると、多層塔や大殿というヒントをもらった日本の工人達は、割とあっさり、似たものを自分達の技術で作ってしまったように見える。そう考えなければ、飛鳥寺以降、かくも短時日に全国規模で、造寺造仏が普及出来ないのではないか?

 瓦を大量に焼く焼成炉を一目すれば、すぐ真似をできる陶工が沢山存在するから、大量に瓦を普及できた訳で、数百人規模の陶工帰化人では、輸送不便な時代では供給が不可能であろう。
 同じく、数百人規模の帰化人大工では、木の選定・大材の伐採・運搬・設計・墨入れ・加工全般の管理運営製造は不可能だろう。
 石塔は、八日市市の石堂寺三重塔などの直輸入品もあるから、木造以外拒否したわけでもない。

 結局、「レンガ塔は作らない・木造で行く・木造も自分たちの技術で行く」と蘇我馬子さんが決めて、経験を積み上げたので、こうなったのではなかろうか?
 レンガを焼くのは問題ないが、「誰が積むの?接着剤は?、、、、」となって、「百済人も良く知らんようだし、中国ではレンガらしいが、うちの棟梁にまかそう、、」なんて/(^o^)\

 教科書は、簡単に、”百済や中国からの渡来人が伝えた”というが、モノづくり屋からみると、そんなに簡単ならなぜもっと前の時代から普及してないのか、能天気な話で、信じられない。

明治になって、日本だけが急速に西洋技術を習得できたのは、江戸時代を通じての技術の蓄積普及と潜在能力の向上・精神文化があった筈だろう。
 飛鳥時代にも同じ構造があったのではと考える次第。
しばらく、日本に無いもの、中国に無いものを見ていきたい。



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目次1 日本じゃ無名? の巻
     ⇒ 目次2 中国に有って、... & 日本に有って、... の巻
     ⇒ 目次3 番外編 その他、言ってみれば      の巻
     ⇒ 目次4 義縣奉国寺(抜粋)中国の修理工事報告書 の巻
     ⇒ 目次5 日本と中国 あれこれ、思うこと     の巻


by songofta | 2015-04-16 21:04 | 日本に無い物 | Trackback | Comments(0)